11月25日、声優・梶原岳人さんがデビューシングル「A Walk」をリリースします。
梶原さんは2017年に声優デビューを果たし、その年にアニメ『ブラッククローバー』(『ブラクロ』)の主役・アスタ役を射止め、一躍話題を集めた人物。そんな彼のデビューシングルの表題曲は、現在その自身の出演作『ブラクロ』のエンディングテーマに採用されています。
幼少期よりピアノを習い、また高校時代にはシンガポールでバンドを組むなど、俳優としてだけではなく、ミュージシャンとしての横顔を持っている梶原さん。彼がどんな思いを胸にアーティストデビューを果たしたのか? そして「A Walk」の制作秘話は? 幅広い話を聞きました。
音楽活動と声優デビューの原点はシンガポール在住時代に!
――もともとお芝居の世界と音楽の世界、どちらに興味が?
梶原 音楽のほうが先ですね。ただ「歌手になりたい」というわけではなくて、一番身近にあったものという感じで。だから好きだから歌うし、好きだから楽器を弾くっていう感じで音楽とは触れ合っていました。
――具体的には?
梶原 子どものころはピアノを習ったり、歌の教室に通っていました。
――ということはご家族も音楽を演ることに理解があった。
梶原 はい。「やれ」って強制されたわけじゃなくて、僕が好きでやっていたので。
――ちなみに生まれて初めて自分の小遣いで買ったCDってなんですか?
梶原 うーん、なんだったかなあ……。
――あっ、もしかしてもう配信の時代でした?
梶原 いや、まだCDの時代だったんですけど(笑)、レンタルCDショップに行っていた記憶のほうが強いですね。小学校高学年ごろからミスチルさんとかコブクロさんとか平井堅さんとかのCDを借りてパソコンに取り込んで、iPodに転送しては毎日聴いていました。
――あっ、当時の音楽の趣味とデビューシングル「A Walk」のテイストにはけっこうギャップが……。
梶原 ただミスチルの影響はけっこう大きくて、当時からバンドという形態は好きでした。
――そして過去のインタビューやラジオ番組によると、高校当時にシンガポールに転居なさってバンドを組んでいたんですよね?
梶原 だんだん「バンドで作る音楽をやりたいな」と思うようになっていたので、現地の日本人学校の友だちと組んでました。
――当時はどんな楽曲を?
梶原 最初はコピーでした。ジョーン・ジェットの「I Love Rock ‘n’ Roll」から始まって、NirvanaとかRed Hot Chili Peppersとか、あとメタルもやっていました。Metallicaとか。で、ちょっとしてからオリジナルを作り始めたっていう感じですね。
――当時のオリジナルソングのテイストは?
梶原 ヘヴィメタルやヒップホップっていう感じでジャンルでは括れないんだけど、洋楽っぽい感じではなくて。ジャパニーズロックというか、いわゆるJ-ROCKっぽいテイストの曲を作っていました。
――一方、声優になろうと思ったのはなぜ?
梶原 小学校に入る前からマンガ……特に『週刊少年ジャンプ』が好きで読み漁っているうちに「ジャンプマンガ原作のアニメに声を当ててみたいなあ」と思うようになって。僕も今年新人賞をいただいた「声優アワード」というイベントではオーディション企画もやっていたので、シンガポールからテープを送ったりもしていました。
――それがデビューのきっかけ?
梶原 いや、シンガポールには声優の専門学校や養成所があるわけではないので本当に見よう見まねで録って送っただけなので(笑)。声優デビューのきっかけは高校を卒業して帰国してきて、養成所に通うようになったからですね。
――となると、本当にシンデレラストーリーというか。声優デビューの年にまさにジャンプマンガのアニメ版である『ブラッククローバー』の主人公・アスタ役を射止めている。
梶原 だから当時はあまり実感がなくて。オンエアを観て、テレビから自分の声が聞こえてくるまで「ホントにオレ、アスタ役なのかな?」って思ってました(笑)。共演者の方と一緒にアフレコブースに入っているときは夢のような感覚でしたし。
――アスタ役を射止めた勝因って分析できたりします?
梶原 うーん……。僕は自分に満足できたことがないし、今でもアフレコのときに全然できないことはたくさんあるから、なかなか自分では分析しにくいですね。ただ制作スタッフさんのお話なんかを聞くと、デビューしたばかりの僕のむしろなにもできない感じや粗削りな感じがアスタの姿に重なったのかなあ、とはちょっと思っていますけど。
――『ブラクロ』でのデビューが2017年。それから3年間「いずれは音楽活動も」とは思っていました?
梶原 なにかきっかけがあれば、機会があればやりたいなとは思っていました。
――ではその「きっかけ」ってなんだったんですか?
梶原 なんだったんですかね?(笑)。具体的になにかひとつきっかけがあったわけではないと思うんです。いろいろな理由やタイミングが重なったというか。根っこの根っこはたぶん『ブラクロ』に出演したことだと思うんですけど、さすがにデビューしたばかりの誰だかよくわからない僕に歌わせようと思った人はいなかったと思うので。だから『ブラクロ』に始まって、その後いろんなアニメに出していただけるようになったことを評価していただけたのかな? そうだといいな、という感じですね。
――ご自身から「音楽活動をしたい」と発信したりはしていない?
梶原 音楽好きで、バンド経験があることは話していた気はします。あと全然オフィシャルじゃない場……飲み会の席なんかで(『ブラッククローバー』の制作に携わる)avexの方に「自分がこのままきちんとキャリアを積めたら、いつかは歌ってみたい」という話をしたことはあるから、それを覚えていてくださったのかもしれないですね。
「『この人のことはよく知らないけど、この曲いいよね』って言ってもらえるといいなと(笑)」
――そして11月25日にデビューシングル「A Walk」がリリースされます。いただいた資料によると、表題曲では受け取った歌詞と曲を単に歌うだけでなく、かなり制作にタッチしたとあります。
梶原 自分の好きじゃない曲、のめり込めない曲を歌うのは違うと思っていたので、最初の打ち合わせで「自分の好きなものをやりたい」「一番気持ちを入れられるバンドスタイルの楽曲をやりたい」というお話をさせてもらいました。
――あと資料には「歌詞の細かいニュアンスや楽曲の方向性…こんなに意見を言っていいのか(笑)」ともあります。
梶原 特に歌詞についてはかなり提案させてもらいました。「あまりカッコつけた歌詞にしたくない」「飾らない感じでやりたいです」という話をして。キラキラしている言葉よりも泥くさい言葉を求めていたので。だから何度か仮歌詞を受け取っては、そういう意見を盛り込んでお返ししてっていうやりとりをしましたね。
――確かに歌詞を読むに「なんでこの人、こんなになにかに抗っているんだろう?」という印象は受けました。
梶原 周りの方にはもしかすると僕のキャリアっていうのはすごくうまくいっているように思われるかもしれないんだけど、さっきもお話ししたとおり、自分の姿に自分で満足できたことがないので。悩むことや納得できないことのほうが多いので、キレイな言葉ではなく、本当に常になにかと戦っているような曲にしたかったんです。
――対するメロディとアレンジは最近では逆にちょっと珍しいくらい端正なギターロックに仕上がっていますね。
梶原 メロディやアレンジについては「本当に自分の求めている音像を反映していただいたな」「僕の提案したことをすごく行かしていただいているな」という印象を受けたので、すごくありがたかったです。
――となると、梶原岳人チームは本当にいい関係というか。「こういう音楽をやりたいです」と提案すれば、スタッフが「じゃあこういう作家がいるよ」と紹介してくださって、その作家が梶原さんの望む言葉とサウンドを作り上げているということですか。
梶原 そうですね。そこについては本当に迅速で、しかも的確に反応してくださっているし、恵まれているな、と思っています。
――で、肝心の梶原さんのボーカルなんですけど、熱いんだけど、どこかスマート。ワンアンドオンリーなカッコよさをたたえています。
梶原 ありがとうございます(笑)。
――レコーディングってスムーズでした?
梶原 すんなりできたなあ、という感じでした。これまで出演アニメのキャラクターソングを歌わせてもらうことは何度もあったんですけど、それよりもスムーズでした。キャラクターソングの場合、自分ではないものを演じることになるから、そのキャラクターならこの歌詞をどう考えて、どういう感情を乗せるかを考えた上で、自分がその声で歌わなきゃいけないんだけど、自分の曲はただただ自分の思うように声を吐き出せばいいだけなので。「この歌詞とこのメロディなら自分はこういうニュアンスの声を乗せるよな」と悩むことなく歌えた気がします。
――それもすごいですよね。「A Walk」は梶原さんのソロデビュー曲であると同時に、『ブラッククローバー』のエンディングテーマでもある。そしてアニメを締める楽曲としてちゃんと機能している。
梶原 あっ、でも「アニメソングだから」ということはあんまり意識しなかったですね。もうアスタを長い間演じているし、その経験は間違いなく今の僕を形作っているものなので、自分がやりたい曲を思い描くとき、歌うときには『ブラクロ』で培ってきた感性っていうのは確実に反映されているはずだし、その実感もあるので。だからアニメの世界観に寄り添うというよりは、僕の持っているその感性を活かしたいな、と思っていました。だからアニメのエンディングとして機能しているとおっしゃっていただけるなら、すごくうれしいです(笑)。
――ピアノや歌のレッスンを受けていたこと、バンドを組んでいたこと、声優として活動していること……これまでの梶原岳人という人のキャリアが歌声にもトラックにも乗っている、と。
梶原 そうなってるといいなあ、と思ってます(笑)。
――この曲はすでにアニメの中でも使われているし、MVも公開されていることだし、ファンの方の反響って聞こえてきたりしています?
梶原 「キレイに作ってない感じがいいね」って言ってもらえることが多いですね。
――「キレイな感じではない」とは?
梶原 確かに“梶原岳人という人”の楽曲のMVではあるんだけど、あまり僕自身をフィーチャーしたくなかったというか……。
――確かに引きの画が多い。バストショットはあまりないですね。
梶原 別に歌っているのが誰なのかわかってもらえなくてもいいから、曲の魅力を引き出せればいいなと思っていたんです。声優である僕のことを知らない人でも聴ける曲、観られるMVにしないと、ミュージシャンとして先がないなと思ったと言ってもいいんですけど。それなのに梶原岳人をアピールしすぎちゃうと、楽曲全体がぼやけてしまうし、意味がないんじゃないか、という気がするんです。だから僕をピックアップするのではなく、逆に誰なんだかよくわからない撮り方をしてもらえたのはありがたかったです。
――歌うときは声優・梶原岳人という人ではなく、いちロックボーカリストでありたい?
梶原 「この人のことはよく知らないけど、この曲いいよね」って言ってもらえるといいなと思ってます(笑)。
――そう考えるといい時代ではありますね。リスナー自身が予想もしなかったような曲をAIがレコメンドしてくれるサブスクリプションのようなサービスが普及しているから。全世界レベルで「誰だかわからないけど、この曲カッコいいな」という「A Walk」との出合いを演出してくれる。
梶原 そうなったら最高だし、そうあってほしいですね。
「『お芝居をやる僕』と『歌う僕』、どちらもしっかり持っていたい」
――そしてカップリング曲「橙」は梶原さんの自作詞曲。作詞は今回が初めて? それともバンド時代から作詞していた?
梶原 歌詞の断片を作り貯めておいて、それをメロディに当てはめるっていうことはバンド時代からやっていたんですけど、新曲1曲分の歌詞をガッツリ書くのは初めてでした。
――実際、どうやって歌詞を書いたんですか?
梶原 「ここがこうで、あれはああだから、こういう構成にして」と深く考えて歌詞を作るのが苦手で……(笑)。これは別にその苦手なことから逃げるという意味ではないんですけど、できればふと言葉が出てくると勝手に次の言葉も出てくるという感じで、感覚的に書いたほうが素直な歌詞になるだろうな、と思っていたので、それを目指したんですけど……。
――難しかった?
梶原 バンド時代は自分の作ったメロディに歌詞を付けることになるから、歌詞のほうが字余りや字足らずになったら、メロディをイジっちゃえるんですけど……。
――「橙」においては作曲・編曲のフワリさんのメロディを勝手に変えちゃうわけにはいかない(笑)。
梶原 そのフワリさんの作った音符の数に文字数を合わせることにすごく苦労しましたね。
――でも、おそらく今ここにはいないけれども大切な〈君〉に宛てた手紙形式のスムーズな歌詞ができあがってますよ?
梶原 本当に行き詰まったとき「これはもう寝ちゃえ!」と思ってベッドに入って、起きてから仕事に行く前にあらためて前の晩に書いていた歌詞に手を入れてみたら、ものすごくスムーズに書けたんですよね。たぶん寝たことで頭が整理されたんだと思います。
――この今は会えない〈君〉に近況を伝えるというモチーフはどこから?
梶原 もちろん僕にもそういう人がいるにはいるんだけど、全部が全部実体験ではなくて。経験と創作・想像を組み合わせて詞を書いているので、聴いている人はそれぞれ想像してくれればいいなあ、と思っています。
――確かに多くの人に「あれ? アイツって今なにしてるんだっけ?」って気になってしまう〈君〉っているはずですからね。
梶原 「僕はこういう〈君〉に向けた歌詞を書いたんです」と、その〈君〉像を縛りたくはないですね。
――もともとご自身もそういう音楽の聴き方をしていました?
梶原 もちろん歌詞を書いた人の物語に浸りたいという人もいらっしゃると思うんですけど、僕は歌詞で歌われていることを自分自身のことに置き換えた上で共感して「スゲーいいな」って思うことが多かった気はします。
――なるほど。そしてフワリさんのメロディとアレンジの印象は? だいぶんフォーキーだし、ミドルテンポではあるものの「A Walk」のカップリング曲によく似合う。やっぱり由緒正しいギターロックに仕上がっています。
梶原 カップリング曲についてはいろんな方にデモを作っていただいて、その中から曲を選ぶコンペを開かせていただいたんですけど……なんて言えばいいんだろう? 僕自身、普段から明るいタイプではないというか、内にこもるタイプなんです。常にいろいろなことがグルグルと頭を巡るし、それについてずーっと考えながら生きていて……。
――「A Walk」と「橙」の歌詞からもそれはうかがえます。「あっ、この人、陽キャではないな」って(笑)。
梶原 ですよね(笑)。そういう自分の内面にある言葉を表現するのに一番似合う曲だなと思ったのがフワリさんのデモだったんです。だから作詞自体は苦労したけど、どういう雰囲気の歌詞にしようかというイメージはデモを聴いたときからできあがっていました。
――この曲もレコーディングはスムーズでした?
梶原 はい。これは「A Walk」についても言えることなんですけど、自分がやりたくて自分の表現したいことをオトにする作業だったので、自分がOKを出せばそれでOKというか。誰かにディレクションしていただくことよりも、自分が納得できるかどうかを優先していたので、素直に感情を出せた気がします。
――でもそれって逆に大変じゃないですか? 良し悪しの判断をレコーディングディレクターのような第三者に委ねたほうが、いい意味で“よきところ”や落としどころを見つけてくれるけど、自分でジャッジするとなると、周りは「いい」って言ってるのに全然自分が納得できない、みたいなズレが生じますよね?
梶原 だけど納得できないものにはしたくないから、もし自分にOKを出せなければ、いつまでもレコーディングを続けていたと思います。
――であれば、スムーズだったのはすごいですね。ちゃんと自分自身で到達すべき場所が見えていて、そこにしっかり至れているわけだから。
梶原 それはスタッフのみなさんのおかげでもありますね。ある程度自分なりのイメージを固めて歌った上で、それを聴いていたみなさんから意見を聞いていますから。
――あっ、さっきの言葉を額面どおりに受け取りすぎてました。周りの声は一切シャットアウトして、己の思う高みをただひとり目指しているのかな? って。
梶原 いや、周りの方の意見はさすがに聞きます(笑)。で「なるほど、そういう考え方もあるのか」ってその言葉を取り入れながらレコーディングブースに入って、さっきおっしゃっていたゴールを目指した感じですね。
――このシングルがリリースされると年末、そして2021年の足音が聞こえてきます。2021年、ミュージシャン・梶原岳人はなにをしましょう?
梶原 そうだなあ……。「お芝居をやる僕」と「歌う僕」のどちらもしっかり持っていたいなとは思っています。どちらかに偏りたくはないし、あとやっぱり基本的には僕の仕事は声優なので。お芝居が根幹にあった上での音楽活動だよな、と思っているし、それが事実ですから。だからお芝居をおろそかにしてダメになっちゃったのに「新曲を」とか言われると、きっと「オレ、なにやってるんだろう?」ってなっちゃうと思うんです。全部意味がなくなっちゃうというか。音楽をやるからといってお芝居をやめるわけではない。これからもちゃんと両方の表現者として満足することなく、技術を磨きに磨いていきたいな、と思っています。
――梶原さん自身は役者と音楽家をリンクさせて表現者として相乗効果を生み出しつつも、声優・梶原岳人とミュージシャン・梶原岳人はそれぞれのステージにちゃんと立てる存在でありたい、と。
梶原 はい。「あっ、これ、声優の曲だよね」という聴かれ方はしたくないですね。それが難しいことは百も承知なんですけど、お芝居と音楽、それぞれを独立させたものにしつつも、ちゃんと両方とも成り立たせられる人間になりたいんですよね。
1st SINGLE
「A WALK」2020.11.25 ON SALE
テレビアニメ「ブラッククローバー」第12クールエンディングテーマ
初回生産限定特別盤
EYCA-13088/B/¥2,750(税込)
初回生産限定盤
EYCA-13089/B/¥1,980(税込)
通常盤
EYCA-13090/¥1,430(税込)
【梶原岳人 Official Website】
https://avex.jp/kajiwaragakuto/
【梶原岳人YouTubeチャンネル ガクともチャンネル】
https://www.youtube.com/channel/UCFmaSBbgN5IXqdyA5NeksuA
【梶原岳人 Twitter】
https://twitter.com/gaku_kajiwara
ライター
成松哲
1974年、大分県生まれ。フリーライターから音楽ナタリー編集部を経て、再びフリーライター。著書に『バンド臨終図巻』(共著。河出書房新社/文春文庫)など。