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【甲斐よしひろ】人が何かを決意してアクションする瞬間を切り取ることが、僕にとっては一番面白い

甲斐よしひろ
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【甲斐よしひろ】人が何かを決意してアクションする瞬間を切り取ることが、僕にとっては一番面白い

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昨年50周年を迎えた甲斐バンドが、16年ぶりとなるオリジナル・フルアルバム『ノワール・ミッドナイト』をリリースする。40周年時の記念シングル「Blood In the Street」収録の「黄昏に消えた」のセルフカバーから始まるこのアルバムは、文字通り黄昏どきから始まる濃密な夜のさまざまな物語が、フィルム・ノワールの映画のように見えてくる作品。6月21日からは「Thank You, everybody! 2025」と銘打つ全国8都市のホール・ツアーもスタート。「レコーディングの熱量のままツアーに向かえることが嬉しい」と手応えいっぱいの表情を見せる甲斐よしひろに、今作への思い、そして、甲斐バンドがずっと貫いてきた「ドラマツルギー」について聞いた。

「マーヴィン・ゲイの新しい解釈としてやるのが正しい」と思ったタイトル曲「ノワール・ミッドナイト」

──『ノワール・ミッドナイト』、フィルム・ノワールのように映像が見えてくる魅力に満ちた作品です。50周年を迎えられたなかで、この新作に至った思いをまず伺わせてください。

甲斐 僕自身が50周年モードにあるということはまずありました。今年6月からのホールツアーも決まっていたので、そこに向けてアルバムを作ろうと。ここ10年くらいで書いてきた曲、発表してきた曲もあったので、それらと新曲を織り交ぜて、新たな一枚としてリリースしたかったんです。

──大きなエネルギーのいる作業だと思うのですが、何か湧き上がるものがあったんでしょうか?

甲斐 これ、いつも言うんですけど、基本的に僕は、物語が複雑に絡み合う一篇の映画を撮るようにしてアルバムを作っていくスタイルなんですよ。第一章、第二章……今回は10曲収録だから、第十章までのエピソードで成り立った作品です。

──まさにそういう印象でした。

甲斐 このやり方はずっと変わっていないんです。それが甲斐バンドだから。今回もそこがうまくいくといいなと思っていました。着手したのは今年の1月の終わりくらいだったかな。

──制作自体が疾走感のある感じだったんですね。

甲斐 新曲は去年から作り始めたけど、実際のレコーディングは1月からだから、あっという間にできた印象です。

──『ノワール・ミッドナイト』の全体像に向けて、どんなイメージがどんなふうに集約されていったんでしょうか? 

甲斐 まず僕は、「黄昏に消えた」のセルフ・カバーからどうしても始めたかったんです。これが絶対に1曲目だと思っていました。それが決まると、おのずと2曲目、3曲目に何を持ってくるかも決まってくる。そして、今回の一番のキー・ポイントは、絶対3曲目に入れよう思っていた「ノワール・ミッドナイト」。

──ミディアム・スローのファンタジックな色合いに意表をつかれました。

甲斐 あの曲を書き上げたとき、「あ、これはマーヴィン・ゲイの新しい解釈としてやるのが一番正しいな」と思ったんです。なので、まず打ち込みでそういうテイストのアレンジをしました。それを元に生リズムを足していったんです。その手法がうまく噛み合って、楽曲として高い完成度となったことは、アルバムの全体像にとって大きかったですね。

──タイトル曲「ノワール・ミッドナイト」の質感を思い浮かべると、「マーヴィン・ゲイ」とおっしゃったことがすごく腑に落ちます。

甲斐 いわゆるバリバリのロックっぽいナンバーもありつつ、こういうすごく大人っぽいテイストの曲もある。そういうアルバムじゃないとダメだなと思っていました。

──40周年で生まれた「Blood In the Street」や「ラナウェイ・ブルース」も、新たな装いで、一篇の映画を成り立たせるべく美しくブレンドされています。

甲斐 それらを正しい位置にちゃんとはめ込んでいくことで、大人の、しかも、攻めたアルバムができるという確信があったんですよ。

──たしかにそこは感じました。

甲斐 「穏便に作りました」じゃ面白くないなと思っていたので。もうひとつのポイントは、メンバーの松藤(英男)と(田中)一郎の楽曲を入れたこと。それによってふたりのモチベーションも上がるし、僕の書く曲とはまた毛色の違うものを適材適所に置くことで、アルバム全体が光ってくると思ったんです。「HEY MOON!」は田中一郎の曲。詞は多少僕が調整してるんですけど。

──躍動感のあるスカのリズムと夜のウェットな感じとのマッチングがカッコいいです。

甲斐 松藤は「ブルー・ピリオド」を書いてます。詞はほぼ僕が書き換えて、タイトルも新たにつけたんですけどね。ふたりの楽曲を入れたことで、バンドのグルーヴみたいなものが色濃く出て、よりバンドっぽい作品になったなと。それも50周年に相応しいなと思ったんですよ。

──夜のさまざまな物語に身を委ねたあと、「ブルー・ピリオド」の優しい歌声を聴いたら、なんか救われた気持ちになりました。

甲斐 あの歌は松藤です。さっき適材適所と言いましたけど、本当にあの場所にあの曲があるのがちょうどいいんですよね。

──そこから続く「RINGS」は、聴く人それぞれが自分の人生を走馬灯のように思うであろう味わい深い曲でした。2004年に急逝された大森信和さんのラスト・セッションと伺いましたが。

甲斐 実は僕も後から知ったんですけど、ある日松藤が、アレンジも演奏もしたオケを大森さんに渡したそうなんです。数日後、大森さんはバリバリに弾きたおしたデータを送り返してきて、松藤はそれをずっと持っていた。一郎もその存在を知っていたんです。今回アルバムを作るとなったときに、ふたりから「こういうのがあるよ」と聞かされて驚きました。それがまた、大森さんらしいフレージングのすごくせつないギターだったので、今回のアルバムへの収録に向けてすぐにデータの整理に取りかかりました。ミックスし終えたとき、「ああ、これはエンディングを飾るのに相応しい曲だ」と思いましたね。元々ついていた「RINGS」というタイトルもよかったし。

──映画のエンドロールを観ている感覚になりました。

甲斐 そう。アルバムがちゃんと着地していく感じがあっていいんですよ。

──最後ピアノがヒュッとフェイドアウトしてしまうのもせつなさを募らせます。

甲斐 あのピアノも松藤が弾いてます。そういう美味しいところをアイツは持っていくんですよ。本当になんでもできちゃうんで。「夜の向こうのブルース」でも、間奏にいく前ちょっと物足りないなと思っていたところに、僕からリクエストして縦笛を吹いてもらいました。

──楽曲ごとに変化する田中さんのギターの音色やフレージングも魅力的です。深海を連想させる「フォーチュン・クッキー」のトレモロ・ギターが、個人的にすごく印象に残りました。

甲斐 あのギターはシングライクトーキングの西村君です。「ノワール・ミッドナイト」も「夜の向こうのブルース」も彼がアレンジに関わっていて、彼のセンスがこのプロジェクトの重要な位置を占めている。

──「夜の向こうのブルース」の歌に呼応するようなギターのオブリガートも美しい。どの曲も音によって映像がより浮かび上がってきますね。

甲斐 今回は、ツアーのサポート・メンバーにも目一杯参加してもらいました。楽曲ありきで楽器を選んでいくので、プロジェクトは個々に違うんですけどね。一人ひとりが、参加したその1曲をいかに良くするかに集中してくれるので、おのずとクオリティも上がっていくんです。そこは重要なポイントでした。当初望んだ通り、レコーディングでうまくいったその熱量のまんまツアーに出られるなと。ま、レコーディング自体は、スタジオに集まって録ったり、データのやり取りだったりといろいろなんですけど。

──デジタルをツールとして使うことで、より便利に心地よく創造性を発揮できるところはありますか?

甲斐 たとえば、マスタリングなんかも、今回もロンドンのスタジオでやってもらいましたけど、全部データのやり取りですね。送ってきたものを聴いて、方向性が違う部分にはリクエストを出して、最終的にちゃんと思い通りのカタチに仕上げられました。現地に一度も行ったことがなければそう簡単にはいかないかもしれないんですけど、僕らはロンドンにもニューヨークにもさんざん行ってスタジオ事情を見てきてるので、そういうやり取りで大丈夫なんです。

「僕らは僕ららしいドラマツルギーで作品を作り、発信していくだけ」

──ここからは、甲斐さんの曲作りについてもう少し掘り下げさせてください。デビューの頃から、甲斐バンドは「街」、「そこにある人の営み」にフォーカスしてきた気がするんですが、甲斐さんの目に映る「街」や「人」は、昔と今とでどう変化していますか?

甲斐 いや、最初に言ったように、甲斐バンドって結局ずっと、どんなドラマを書くかということをやってきてるんですよ。今回のアルバムだけじゃなくてね。その時代、時代で、人がどう抗って、どう立ち向かって、どう生き抜いたかを、僕らならではのドラマツルギー(作劇法)で描いているんです。人って何かを決意してアクションする瞬間が、一番ドラマティックだし、一番ある種ロックっぽいと。そして、その瞬間を切り取ること、そこを考えることが、僕にとっては一番面白いんです。人のそういう瞬間を感じたくないですか?

──もちろん感じたいです。私たち聴き手は、甲斐バンドの1曲1曲のドラマ、主人公の心の機微を味わうなかで、生きるヒントを見出してきたんですね。

甲斐 曲を聴くときって、「おまえの生きている感想はべつに聞きたくないよ」っていうの、あるじゃないですか。僕が書きたいのはそういう自分の生きている感想じゃなくて、何度も言うようですけど、その時代、時代に見えるドラマなんです。それはもう自動書記に近くて、書こうとすると勝手に映像として見えてくるし、書いた者たちが動き始めるんですよ。だから本当に一篇の映画を撮るような感覚なんです。

──メロディと歌詞、どっちが先とかってありますか?

甲斐 同時ですね。スッと同時に書けるときが一番調子いいんです。

──音楽の聴き方が多様化した今って、アーティストにとって作品がどう伝わっているかがわかりにくい時代じゃないかなと思うんです。

甲斐 たしかに複雑ですよね。

──そういう時代とはどう向き合っていらっしゃいますか?

甲斐 今回のアルバムも、発売日と同時に全曲デジタル配信されます。ま、でも僕らは、アナログ・レコードがCDに変わっていく様も、CDがまた何か別のメディアに変わっていくところも、全部体験しながら目撃してきてますからね。変化してるのは手段であって目的ではないなとも思います。だから、僕らは僕ららしいドラマツルギーで作品を作り、発信していくだけ。発信する際の手段が、時代、時代で変わっていくのはべつにいいんじゃないかなと思います。逆に面白く眺めてますよ。

──なるほど。

甲斐 1、2曲だけダウンロードしてみようかなという人がいたとして、もし、そこで気に入れば、10曲ダウンロードしてくれる可能性だってあるわけですよね。逆に1曲目で「失敗した」と思われたらそれっきり。それはそれです。

──TikTokで楽しんでいる若い世代は、素敵な映像を見せてくれる甲斐バンドのギター・ソロまでは辿りつかなかったりするんじゃないかなとも思うんです。

甲斐 アルバムを手に取るという本線にまで入ってきてくれる人たちには、何か曲と出会うきっかけがあるわけですよね。時代とともに手段はさまざまに変わっても、その出会いの構造自体は変わらない。TikTokも出会いの手段のひとつですよね。そして、TikTokという範疇のなかでは、甲斐バンドはもしかしたら落選していくのかもしれない。でも、それでいいんです。「君たちのお眼鏡にかなわなくてごめんね」というだけのことだから。ただ僕は、流行にどう自分たちの音楽を乗せていくかということには、いつも興味がありますよ。

──そこを伺えて嬉しいです。

甲斐 最先端の流れは常に頭に入れておかないとと思っています。いや、本当に面白いんですよ。その全部を使うかどうかはべつですけど、よりやりたいことをやるためには、自分に見合った手段を見極めていくことも必要だと思うので。

──さて、いよいよ6月21日から全国8都市のホール・ツアーが始まります。

甲斐 50周年という祝福ムードのなかでやるツアーですから、新旧織り交ぜてしっかりそこに応えられるセットリストで臨もうと思っています。

──今、観客の年齢層はどんな感じですか?

甲斐 3世代くらいまでいるんじゃないかな。ニール・ヤングとかストーンズなんかのライブと一緒ですよ。

──世代を繋いでファミリーで楽しめるというのは最高ですね。

甲斐 僕自身が望む望まないに関わらず、50年やるっていうのはそういうことでもあるなと思います。そういう風景がどんどん積み重なって広がっていくのは、すごくありがたいことだなと。

──世界でロック・バンドの歴史が始まって60年ちょっと。そのうちの50年ですから重みも厚みもあります。特に日本では、甲斐バンドはロックの黎明期を担われていたわけで。

甲斐 そうね。僕らがデビューした頃って、まだロックに市民権がなかったですから。

──フォークがあって……。

甲斐 ニュー・ミュージックがあって……。

──甲斐バンドはそこに殴り込むカタチでしたよね。当時私は高校生で、最初に観た日本のロックバンドが甲斐バンドでした。

甲斐 そうですか。50周年を祝いに来てくれる人たちにもそういう人が多いです。だから、まずそれに応えることが一番。なんて、四の五の言ってますけど、ステージに上がったら僕らは熱をぶっ放すだけなんで。会場が大きかろうが小さかろうが関係なくね。やっぱりそれが大事なんですよ。それこそがロック・バンドのあり方かなと。ぜひ期待していてほしいです。

撮影 長谷英史

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記事情報

藤井美保

ライター

藤井美保

神奈川県生まれ。音楽関係の出版社を経て、'83年頃から作詞、作曲、コーラスなどの仕事を始める。真沙木唯として佐藤博、杏里、鈴木雅之、中山美穂などの作品に参加。90年代初頭からは、音楽書籍の翻訳やライターとしてのキャリアも。音楽への愛、作り手への敬意をしのばせた筆致で、数々のアーティストを紹介してきている。