2010年に中嶋イッキュウ(Vo&Gt)、キダ モティフォ(Gt&Cho)、ヒロミ・ヒロヒロ(Ba&Cho)で結成以来、変拍子を活かしたオリジナリティ溢れる楽曲で、日本全国はもちろん、頻繁に海外のフェスに出演したり、海外ツアーを開催したりするなどしてきた、知る人ぞ知るtricot。サポートドラマーだった吉田雄介(Dr)が2017年11月に正式加入となり、2019年9月にはavex/cutting edge内にプライベートレーベル「8902 RECORDS」を設立し、同月25日のメジャーデビューシングル「あふれる」をリリースした。コロナ禍の2020年には2枚のアルバム『真っ黒』とデビュー10周年記念となる『10』を発表するなど、精力的に活動を続けている。今回、テレビ東京サタドラ「春の呪い」主題歌として書き下ろした、新曲「いない」をリリース。メンバー4人に話を聞いた。
tricot はずっと海外に行って活動してると思われていたりした(ヒロミ)
──メジャーデビューして大きく変わったことはありますか?
キダ モティフォ(以下キダ) かかわる人が増えたのが一番大きいですね。これまでずっとメンバー+マネージャーという最少人数でやってきたので、やりたいと思っても手が足りなかったり、費用的な面でできなかったりしたことがあって。今は考えてくれる人が増えたこともあって、今まででは出てこなかったアイディアをもらえるようになったのが一番の変化かなぁと思います。
中嶋イッキュウ(以下中嶋) インディーズの時は、アー写やジャケットも自分たちで考えていたんですけど、作品を出すことについても自分たちで「この日に出そう」と決めていただけなので、最悪後ろに延びても誰も困らないような状態でした。なので、ダラダラもして計画的に活動できていないところが反省点でもありました。その点で、はじめからリリースプランを組んでやれていたり、それに合わせたイメージのアー写を撮ったり、ジャケットを他のデザイナーにやってもらうところが大きく変わったかなと。パキパキのアー写とか、ミュージックビデオ(MV)も、良くも悪くもインディーズ感があった表現からだいぶ変わったと思うので。
──そうですね。
中嶋 アー写にしてもMVにしても、「自分たちでこうしたい」というより、「こういうのをやってみたらどう?」という提案に乗っかるのが楽しい時期というか、バンドもメジャーデビューする頃には9周年とかになっていたので、やりたいことをやるより他の人の意見を聞くのにちょうどいい、ちょっと遅いくらいですけど、いい機会になっていたので。そういう刺激が、一番変わった、新しく入った要素ですね。
──確かに、かなり前にもメジャーデビューしてもおかしくないようなタイミングはありましたからね。ジャケ写も今はすべてお任せですか?
中嶋 最初の頃は完全にお任せですね。最近のはちょっとインディーズの頃に寄ってくれているというか、「前の良かったよね」というふうになって、前のtricotらしさというのにお互いちょっと歩み寄っているような感じになってきているのかなと思っています。最新のアー写とかは特に。配信シングルは、全部私が任せてもらっていて、明らかに違いますもんね(笑)。引き続き自由に遊ばせてもらっていて、そのへんが今はいい配分でミックスできているかなと思います。
──ヒロミさんはどうですか?
ヒロミ・ヒロヒロ(以下ヒロミ) 今までのミニマムな形だと、発信するのもなかなか限界があって、やってるつもりでも全然伝わってなかったりすることも多かったんですけど、メジャーになってからそういうところをすごく助けていただいて、そのお陰でいろんな活動もさせてもらえるようになって、自然と表現する幅も広がったような気もします。tricotって前は尖っているというか、閉鎖的なイメージを持たれていたところもあったと思うんですけど、自分たち的にはそんなつもりもなかったし、ずっと海外に行って活動してると思われていたりしたんですけど、むしろ日本にいたけど、そういうのも伝わってないのかなぁというのもあって。今は「tricotはいろんな面白いことをやる人たちですよ」っていうのも伝わるようになってきたのかなぁと思っていますね。
avexに移籍し、心置きなく、ポップなことができるようになった気がします(吉田)
──デビュー当時からSNSをいち早く画期的に活用していたし、ロックシーンでは常に次にどんなことをやるのか注目されていましたが、確かにJ-POPという中に入ったら見え方は違いますからね。吉田さんはどうですか?
吉田雄介(以下吉田) 「こういう曲でいきたいんですけど、どうですかね?」って単純に、制作前の段階で悩みを聞いてもらえるようになった。これは別にメジャー、インディーズ変わらず聞けば誰か答えてくれるんですけど、言ってみれば一蓮托生なので、自分のチームのこととして相談に乗ってくれる人や親密度が増したというのは凄く大きい。僕らが経験してきたことと、avexのメジャーが経験してきたことは違うので、その経験値の差で意見が違ったりして、違うことはいいんですけど、すり合わせることが一番大きくて。間違いなくハイクオリティでできるという安心感もあって、攻めたい時もいろいろとディスカッションが割とできているので、僕はすごく助かってますね。こっちもこっちで調整しつつ、インディーズの時より心置きなく、ポップなことができるようになった気がします。
──いいですね。
吉田 ポップなことって、クオリティが高くないと逆にしんどいじゃないですか。尖っていることって、ある程度音質が粗かったり、予算が少なくてもアイディア勝負でなんとかなったりするんです。でも、より素直なキャッチーでポップなことって、粗が見えちゃうというか、インディーでちっちゃいとこでやってるんだなっていうのが見えちゃう気がして、なりきれなかったんです。今はポップなことをやってもしっかり音は録ってくれるし、宣伝もしてくれるし、ヴィジュアルもしっかりしてくれるので、ポップ、キャッチーなところに手を出しやすくなった感じがします。前より、「それを出さなくてもいいし、出してもいいし」という選択肢がとても広がった気がしています。
ドラマの曲は、何回かドラマのスタッフさんに聴いてもらって、2、3回くらいメロディを変えました。(中嶋)
──ドラマ「春の呪い」の主題歌のお話が来た時はどう感じましたか?曲作りで意識したことはありますか?
中嶋 台本はいただいたんですけど、台本というものを読み慣れていなかったので、漫画の原作の方で主に世界観というのを読み取っていきました。先に曲、で、早い段階に歌ができていたっけ?
吉田 いつもはメロディを作ってくれた段階でメロディを変えてということはあまりなくて、あっても一部だけだったりしたけど、今回はわりとネーム(歌詞)を早い段階でつけてもらって、「ここをもうちょっとこうしたらいいんじゃない?」っていうやり取りがいつもより多かった気がする。
中嶋 そうですね、何回かドラマのスタッフさんに聴いてもらって、2、3回くらいメロディを変えました。サビとかAメロも変えたし、Bメロはそのラフの段階で演奏が変わったので、メロディを変えざるを得ず、なので最初のデモの歌はひとかけらも残ってないですね。
──音はtricotの曲の中では重低音なサウンドですけど、これは先方からの要望で?
中嶋 「衝撃的な展開で」とは言われてはいたんですけど、特に重くとかは言われてなくて。
キダ 最初にデモを渡した時に「結構ライトな印象を受けた」と言われて……。
中嶋 最初は従来のtricotみたいな疾走感を割と入れてしまったからか、「爽やかな印象を受けた」ということだったんで、イントロとかもっとハードにしましたね。
──歌の冒頭で、いきなり「呪われているのさ~」というハイトーンヴォイスが出てきて、クスッとしてしまったのですが、このアイディアは最初から?
中嶋 そういえば、そこだけ最初からありましたね。ほんまにそこだけ残ってます(笑)。
「いない」を聴いてくれる人に、歌いたいチャレンジ精神が芽生えたらいいな(中嶋)
──歌詞もすごく考えてあると思っていて、「春の呪い」のストーリーを知っている人はもちろん、ドラマに関係なく単体としてもすごく響く曲だなと思ったので。そのあたりのバランス感覚が上手ですよね。
中嶋 意識しました。物語に寄りすぎると、物語を知っている人にしか意味が伝わらなくなってしまうので、きっかけとしてドラマで知ってくださる方はおられると思うんですけど、それを機に、「いない」という曲を単体として広く渡り歩けるように、ちゃんと曲としての言葉を吹き込んだようにはしました。
──しかもサビ以外は、ほぼ全部演奏が違うくらいに感じる攻め具合で。もともとtricotはギターだけ聴いていても面白いし、ベースやドラムだけ聴いても楽しめる演奏で、しかもすごいせめぎ合いなんですが、でもやっぱり歌が聴きやすいのは、歌メロを大事にしたいという意識があったから?
中嶋 そうですかね。それこそメジャー行ったくらいのタイミングで、作り方も若干変わったので。前まではインストを全部作って固めてから、最後に歌を乗せてという感じだったんですけど、今は一部インストができたらとか、先輩(キダの愛称)のギターにだけでも歌を乗せるようになってきたので、作曲の早い段階から歌が存在するようになっています。なので、他の楽器もそこを除けて通ってくれているようにはなってるのかもしれないですね。前ほど楽器があんまり歌を気にしてないというよりは、歌もありきで一緒に作っているっていう風に、ちょっと変わってきています。
──この曲に関しては、歌はありきで攻め合っているからすごいなぁと思いました。確かにメロディラインが豊富になってきたし、特に「秘蜜」や「危なくなく無い街へ」などでもハイトーンが安定してきましたよね。なかでも「右脳左脳」は芸術的で、演奏のカッコイイ部分を聞かせるようにしつつ歌を乗せていて、本当にすごいと思いました。
中嶋 ありがとうございます(笑)。
──そのハイトーンの安定や、丁寧に歌うようになった成果が「呪われているのさ」の部分に出ていますよね。
中嶋 でも、実際は歌えないかもしれない。
──ホントに? それでもやっぱりチャレンジしたいという?
中嶋 そうですね。なんか、曲全体は変なことをしつつも、聴く側が歌いたくなるようにはしたいなと思っていたんです。サビの入り方とかは耳に残るように、歌っていて気持ちいいようにはしたかったんですけど、後半は高いとこに行き過ぎているので、聴いてくれる人にも「歌ってみたい」と、チャレンジ精神が芽生えてくれたらいいなと思いました。どのくらい高いんかなと、声に出してみてほしいと誘発したかったという(笑)。
──みんなが歌いたくなるメロディを意識しているという?
中嶋 今回は意識しました。特にサビという感じですけど。
曲のテーマが「衝撃的な展開で」だったので、ギターにはおどろおどろしさを(キダ)
──ギターの潰れたような音もクセになるんですけど、どのようにこの曲に取り組んでいったのですか?
キダ 今までギターはシングルコイルの高い音というか、あまり歪みのない音作りをしていたんです。今回はちょっと重ためな音を作ろうと思って、そういう音を出しているギターを使ったり、単純に歪みの量をめちゃめちゃ増やして、すごい太い音にしたって感じですね。
──それは呪いに関する曲だからという?
キダ 不穏な感じというか、衝撃的な展開というテーマもあったので、ギターの音にもおどろおどろしさとか、サビでの展開にも歪みの多い方がちょっと変わった感じが出るかなぁと思ってやりました。
──リズム隊はどうでした?
ヒロミ ベースはイントロとかアウトロとかちょっと激しめな感じで、より歪ませてゴリゴリの音作りにしましたね。ちゃんと伝わるようにというか、わかりやすく、音も攻めてるパンチのある感じがちゃんと伝わっている方がいいなと思って。
吉田 ドラムは、逆にみんなが歪みで来ている感じだったので、そこでいわゆるラウド系の音色でいっちゃうとただのラウド系のバンドになってしまう。それだと僕らじゃない感じがしたので、全体を通して押せ押せなんだけど、サウンド感はちょっといなたくて、イマイチ狙いがわからないのが狙いというか、フレージングはラウドっぽいんですけど、サウンドは昔風で、タイミングというかプレイの仕方はそこまでロックにしていないという。僕の実験でわかったんですけど、こう全部バラバラにすると、過去でも現代っぽくもなくて、不思議な感じになるんですよ。それこそ曲の「真っ黒」でやっていた手法と全く一緒ですね。
──タイアップだからといって苦労した点はありました?
中嶋 歌に関して苦労はなかったですね。何回もやり直したのは回数としてはあるし、原作を読んでからどうしようと考える時間とかは確かにあったんですけど、精神的な苦労は全くなかったです。逆に、テーマとか音を作る理由がはっきりしていたので、そこに向けて作ればいいのでラクだったのと、はっきり言ってくれるので、やり取りしてお渡ししたりする作業とかも楽しかったです。なので、ある意味制限がかかっている中で作った次に、また自由に曲を作れるというのが楽しみになりました。
──この曲「いない」で初めてtricotを知る人も多いですからね。
中嶋 そうですね。反応が楽しみですね。
──タイアップということではドラマの「東京ヴァンパイアホテル」にも曲提供していますよね。
中嶋 あの時はtricotの楽曲の中から「この曲みたいな感じで」っていうのはうっすらあったんですけど、歌詞に対してとか、サビはこんな感じとかの注文は全くなくて、渡してすぐ、「これでいいです」という感じでした。
今の状況を意識した「サイレントショー秘蜜」で、新しい扉を開いた感じがした(中嶋)
──今回初めてtricotの記事を読む人もいると思います。tricotはインディーズ時代にSNSをいち早く活用してファンを増やしてきたし、動画もtricot Movieとして毎月アップしたりして、宣伝だったりライヴだったりも、常に新しくて面白いことをやっていた印象しかなくて。ただ、時代が変わって、ネットからデビューするような新たなデジタルネイティヴの世代が登場するようになって、また、コロナ禍で転換期を迎えた今、常に新境地を開いてきたバンドとして、新たにやってみたいことはありますか?
中嶋 やってしまったことですけど、この前やった「サイレントショー秘蜜」は今の状況を意識したコンセプトだったので、やっていても楽しかったですし、お客さんもライヴに行けなかったり、有観客ライヴに行っても会場で喋れへんし、なので自分の楽しさをアーティストに向けて表現できへんという気持ちが溜まってたところで開催できたので、すごい喜んでもらえた感じがあって。一つ、面白いことというか、新しいことができたなという実感はありました。
──「サイレントショー秘蜜」について、具体的に話してもらっていいですか?
中嶋 お客さんも私たちも一切喋ってはいけなくて、入退場BGMもMCもなしで、全員黒い服を着てくるというドレスコードで、拍手や音出し行為を禁止にしたサイレントショーです。内容も秘密で周りに漏らさないというライヴをやったんです。それまでに有観客のイベントを何本かやったなかで、声を出していいのか出したらあかんのか、立っていいのか立ったらあかんのか、そういったふわっとしたイベントとかが多くて、お客さんが心から楽しめてない感じがしたので、条件を揃えて最初から喋らへんというのを決めておいたら、結構みんな伸び伸び楽しんでくれてたんですよね。BGMもない空間に黒い人たちがいっぱい入場してくるのとかもすごく面白かったですし、tricotのそれまでのライヴはお客さんの動きも激しくて、音楽聴いてる?くらいの感じでそれを楽しんでいたんですけど、今回はそれとは真逆のところで、じっくり見られている気持ちでパフォーマンスしたので、新しい扉を開いた感じがして、面白かったです。
──しっかり演奏を聴く人が増えそうですね。
中嶋 そうですね。たぶんこれまでも、後ろにはいつも冷静に観る人もいてくれてたので、そういう人たちにとっては「ありがとう」という感じのイベントだったと思います。
吉田 ただ、座席数が減った関係で、今までよりちょっとだけ高い価格になってて、バンド側がやれることは一緒なのに、単純に値段が上がって2倍3倍になってる。それがすごく気になっていて。だから異空間的とかショーという形態にした方が自分の納得度が高いと思ったんですね。
中嶋 ワンマンなんですけど1日を3部制にして、幕を毎回下ろして、衣装も変えてました。
吉田 1回見たら、2回、3回分見たくらい得するライヴにしたいなぁというのがあって。
──他のバンドと話していた時に、ライヴでコール&レスポンスをしたくて作った曲も今はそうできなくなっていて、腕を上げるとか拍手とかでお客さんが楽しんでいればいいけど、演者のテンションも違ってくるから、「コロナ禍のままだと曲作りも若干変わってくるのかな」という話になったこともあります。
中嶋 確かにそうですね。今回みたいな逆手に取ったショーが面白かったように、これからは今までの自分たちというものに囚われ過ぎずに、バンドというものにも囚われずに、この状況が「ライヴはこういうもの」っていうのを1回崩しちゃってもいいかな、というきっかけになったらいいなと思っています。
「いない」
2021.6.02 デジタルリリース
テレビ東京サタドラ「春の呪い」主題歌
https://tricot.lnk.to/inai
■tricotワンマンライブ『暴露』
<振替公演>2021年6月5日(土) 神奈川・川崎CLUB CITTA’
【1部】開場 14:00 / 開演 15:00 【2部】開場 17:30 / 開演 18:30
詳細: https://tricot-official.jp/news/detail.php?id=1091590
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ライター
伊藤なつみ
音楽&映画ジャーナリスト、編集者。デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク等から坂本龍一、安室奈美恵、椎名林檎、インディーズ系まで取材超多数。tricotのデビュー5周年記念書籍『爆女』の編集ほか、活動は多岐にわたる。イラストはギタリスト岡愛子画伯によるもの。