“クロカン王子”。“佐藤圭一”選手のニックネームです。
佐藤選手は、クロスカントリースキー、バイアスロンに加え夏の競技のトライアスロンで活躍するアスリート。冬と夏。両方の競技で世界に通用する現役トップアスリートです。
履歴:
2010年 バンクーバーパラリンピック
2014年 IPCノルディックスキーワールドカップ カナダ大会
2014年 ソチパラリンピック
2015年 ITUワールドトライアスロン グランドファイナル
2016年 リオデジャネイロパラリンピック
2016年 ASTCアジアパラトライアスロン選手権2016
2017年 ワールドパラノルディックスキー ワールドカップ キャンモア大会
2018年 平昌パラリンピック
体脂肪率4.5%という鍛え上げられたボディ。競技に取り組む鋭い視線と、オフにふと見せる人懐っこい笑顔。初めての国際大会出場で多数のメディアに取り上げられるようになると、“クロカン王子”の愛称がまたたく間に知られるようになりました。
クロスカントリースキーは、雪上のマラソンと言われる過酷な競技。滑り降りるだけでなく登りや平地があるコースをどれだけ早く滑りきるかを競います。
バイアスロンは、クロスカントリースキーに射撃を組み合わせた競技。
障がい者スキーでは、選手は障がいの状態や程度に応じてクラス分けされています。左手首が欠損している佐藤選手のクラスはLW8。クラスごとに決められた係数を、実測タイムに乗じた計算タイムによって順位が決定。このシステムによって、さまざまな障がいの選手が公平に戦えるのです。
一方、パラトライアスロンはスイム0.75km、バイク20km、ラン5kmのコースで行われます。障がいの状態や程度に応じて6つのクラスがあり、佐藤選手はPTS5クラスです。
佐藤選手は、クロスカントリースキー、バイアスロンでは右手だけにストックを持ってスキーをします。トライアスロンでも自転車のハンドルを握れるのは右手だけ。左手は添えた状態で自転車を操作します。
「苦しいスポーツが好きだから…」と笑う佐藤選手。過酷な競技に取り組むことで進化してきた姿を見せてくれるはず。佐藤選手が全身全霊をかける大会直前、王子の素顔に迫りました。
少年時代は、スポーツとは無縁だった
―今は、スーパーマンのような佐藤選手ですが、どんな子ども時代を送られていたのですか。
佐藤)運動音痴でスポーツとは無縁でした。ただ、片手だからできない、と思われるのが大嫌いで、なんでも健常者と同じことに挑戦するような負けず嫌いではありましたね。
―子どもの頃、どんな夢を抱いていたのでしょう。
佐藤)大きな夢はありませんでしたが、早く大人になって自立したいと思っていました。大人になればなんでもできるのではないかと思っていたんです。
―長野パラリンピックのクロスカントリースキーを観戦しに行かれたとか。どんな印象でしたか。
佐藤)当時、19歳。新聞配達をしていたので新聞で大会の情報など自然に入ってきて、日本で大会があるならと見に行きました。実際に見た世界の選手はすごかったなあ。クロカン(クロスカントリースキー)は登りばっかりという印象でしたが、僕と同じ片腕の選手がストック1本ということを感じさせない力強い走りをしていた。こういう世界があるのか、やってみたいけど、自分には無理だなと圧倒されていました。
―それなのに、クロカンで世界を目指す目標を立てて、単身カナダに渡ったんですよね。
佐藤)長野の4年後、ソルトレイクで僕と同じ障がいクラスの新田佳浩選手が銅メダルを獲得したというニュースを新聞記事で読んだんです。日本人選手が、4年間でこうしてメダルを獲るまで成長した。その時に自分の将来を考えて、障がい者である自分にしか挑戦できないことをやろう。それなら世界で1番を目指そうとひらめいたわけです。それまでの仕事を辞めてアパートも引き払って、貯金をはたいてカナダに行きました。
―クロカンは初心者だったのですね。
佐藤)そうです。スポーツショップに飛び込んでクロカンをやりたいと言ったら、夏はローラースキー(路上でスキーと同じ練習ができる用具)で練習するのがいいと言われて、そこから始めました。冬にはスキー場でアルバイトをしながら、上手な人にお願いして教わったり。
―すごく積極的だったのですね。
佐藤)目標がありましたから。その後、日本に帰国して日本代表の監督に連絡して練習に参加させてもらうようになりました。
夢にみた大会で苦い経験も
―目標とした大会に初めて出場したときはどうでしたか。
佐藤)もう闇雲に猛特訓してきたので、実際には大会の直前にオーバーワークから半月板を損傷してしまい、痛みをこらえて出場しました。本当の意味で世界の中で自分がどのくらいのレベルなのかを知った大会でしたね。
―その後、トライアスロンを始めています。どんなきっかけだったのですか。
佐藤)オーバーワークで怪我をしたこともあって、夏場のトレーニングとして自転車と水泳に出会いました。それがトライアスロンに挑戦するきっかけです。故障という経験を経て、トレーニングにしても理論や休養の取り方、食事、睡眠など競技生活全部を自分にあったものに見直すことになりました。
―夏はトライアスロン、冬はクロカン。常にシーズンがありますが、どんなトレーニングプランで取り組んでいるのでしょうか。
佐藤)トレーニング構築が一番難しく、そこが面白い。簡単に説明できませんが、自分に子どもができてその子を大人になるまで育てていくことをイメージするのと同じですかね。赤ちゃんなのに筋肉をつけたいからとステーキやプロテインを与えて過度なトレーニングなんて始めからできません。母乳、離乳食から始まり、様々な挑戦と経験をし、たまに怪我をしたり試練を乗り越えやがて立派な大人になります。これと同じ考え方で逆算してトレーニング内容を決めていきます。
―カナダやウクライナなどのチームにも武者修行に出かけているとか。
佐藤)長年同じトレーニングを続けてきましたがなかなか結果に結びつかなかったので、カナダ、ウクライナ、ロシアに合同トレーニングを申し込みました。世界のトップがどういうトレーニングをしているのか、実地で学ぶ機会を作っています。
―今も貪欲に練習に取り組まれているのですね。成果をどう感じていますか。
佐藤)クロカンの練習だけでなく、2014年からはトライアスロンを練習に取り入れ、レースにも挑戦しながら、水泳、自転車、ランニングと違う動きで身体を動かし続けることで、同じ出力で身体を動かす技術のクオリティを上げることに成功しました。数年するとトライアスロンにも慣れてきて勝手が分かってきた感覚があり従来のスキートレーニングボリュームが60%程度に落ちても、40%のトライアスロントレーニングがクロスカントリースキー、バイアスロンのトレーニングの一環になるという確信に変わりました。
ご褒美飯は、お寿司
―食事で心がけていることはありますか。
佐藤)2016年夏以降、どうも身体の調子が悪く病院に運ばれて小麦アレルギーであることが判明し、グルテンフリーを実践しています。
日本では、小麦を含む食べ物がほとんどで、グルテンフリー対応のお店も少ないので
外食の楽しみが全くなくなってしまい少し寂しいです。
―ご褒美飯は何ですか。
佐藤)近くの馴染みのお寿司屋さんで食べるお寿司です。私のために完全グルテンフリーにも対応してくれています。あとは、普段食べられない小麦を含むものを米粉や葛粉で代用して自分で作る揚げものやケーキですね。
―え、ご自分でケーキなどを作るのですか。
佐藤)はい。それが競技の合間の息抜きにもなっているんです。
―ちなみに、好きな女性はどんなタイプですか。
佐藤)透明感があって、知的で落ち着いた人ですね。その上容姿端麗だったら言うことなし! でも、競技より大切だと感じる女性に出会えてないから結婚できてないのかなあ。難しいですね(笑)。
―競技人生で尊敬している人はいますか。
佐藤)“オーレ・アイナル・ビョルンダーレン”というノルウェーのバイアスロン選手。
これまで6大会8回のオリンピックチャンピオンで世界選手権では史上最多の24大会44個のメダルを獲得しワールドカップでも95勝している選手です。
―改めて佐藤選手にとってクロカンの魅力はなんですか。
佐藤)冬の真っ白な白銀の世界を駆け廻れて、自然を満喫できることです。そして、見た目以上に難しく、地道に努力を続けなければ速くなれない所も魅力です。
―今後の目標を聞かせてください。
佐藤)クロカンを始めて13年。トライアスロンにも挑戦しながら、ようやく自分のスタイルで競技生活を送ることができるようになりました。この成果を、結果に残したいと思っています。
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ライター
宮崎恵理(みやざき・えり)
1960年、東京都生まれ。出版社勤務を経て、フリーのライターに。1998年の長野パラリンピックを機に障害者スポーツの取材に携わり、雑誌「Tarzan」などで執筆。12年ロンドン・パラリンピック、14年ソチ・パラリンピックではNHK開会式中継解説を担当。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』。日本スポーツプレス協会理事、国際スポーツプレス協会会員。https://twitter.com/erimiyazaki https://www.facebook.com/eri.miyazaki.180