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三浦文彰

【料理で筋肉痛!?】クラシック界の貴公子 三浦文彰 ちょっと意外なプライベートを語る

2019.10.25
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若手ヴァイオリニストの三浦文彰さんは、2009年にドイツで開催されたハノーファー国際コンクールで史上最年少優勝の栄冠に輝いた逸材です。当時、16歳。以来、国際舞台で幅広い活動を展開し、ソロ、コンチェルト、室内楽などのジャンルで大活躍。
10月には「サントリーホールARKクラシックス」と題する音楽祭でさまざまなアーティストと共演し、ここではアーティスティック・リーダーも務めています。そのリハーサルの合間を縫って、10月30日に発売される新譜『ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番/ハチャトゥリアン:《ガイーヌ》より』のことだけでなく、私生活のことなども含めてお聞きしました。


曲の時代背景を理解しないと、表現力豊かな演奏はできません

──三浦さんはこれまで多くの録音をリリースされていますが、10月30日に発売される『ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番/ハチャトゥリアン:《ガイーヌ》より』はモスクワでデニス・ロトフ指揮チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ(旧モスクワ放送交響楽団)と共演したショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番ですね。このレコーディングはいかがでしたか。
 
三浦 昨年モスクワでレコーディングしました。ロシアでの録音は初めてで、しかも指揮者もオーケストラもこのコンチェルトを知り尽くしているわけですから、僕もおのずとテンションが上がりました。
このオーケストラは、管楽器がドーンとおなかの底に響いてくるような圧倒的な迫力を備え、全体的にロシアらしい音の厚みを感じさせます。指揮者とは初対面でしたので、テンポに関して何度も話し合いました。モスクワでのセッション録音でしたが、オーケストラを前にすると特有の空気感が感じられ、音の質も実にロシアっぽい。濃厚な空気が感じられました。
 
──ショスタコーヴィチの作品はまさに旧ソ連の時代を映し出した作品ですよね。



三浦 本当にそう思います。ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番は、20世紀を代表する偉大なロシアのヴァイオリニスト、ダヴィド・オイストラフのために書かれた作品です。全体は4楽章構成で、ショスタコーヴィチならではの暗く悲劇的な内容に包まれています。
まず第1楽章は、冒頭から独特の雰囲気を醸し出します。これ以上ないほど暗い。でも、やがて希望の光が見えてくる。そこがたまらなく好きですね。第2楽章は、スケルツォ(諧謔曲と訳される。3拍子の快活な曲)ですが、皮肉っぽさが顔を出し、しかもアグレッシブでもある。僕はウィーンでパヴェル・ヴェルニコフ先生に師事しましたが、先生はオイストラフの弟子ですので、そうした意味でもこのコンチェルトは僕にとって大事なレパートリーです。先生が、レッスンのときおもしろいことをいってくれたんですよ。
ショスタコーヴィチの時代は国も大変な時代で、「この第2楽章は、ヤバいロシア人が暗いところから突然現れ、なぐりかかってる。そんな雰囲気をもっている」というのです。そうか、当時の時代背景をよく表しているんだなと思いました。ショスタコーヴィチの音楽は、時代の暗い部分も描き出している。そういう面を理解しないと、表現力豊かな演奏はできません。
第3楽章は、主題と8つの変奏から構成されたパッサカリア(バロック音楽の形式のひとつ。遅めの3拍子の変奏曲)で、壮大な雰囲気をもっています。長大なカデンツァ(終止の前に置かれた自由な無伴奏の部分)に向けて変奏曲が進んでいく形です。カデンツァは、いろんな解釈があり、演奏していて楽しいですね。ショスタコーヴィチは、結構こまかく楽譜に指示を書いている作曲家で、そのこまやかさを理解しないと、作品には近づけません。理解せずに弾いてしまうと、この楽章は運動会みたいになっちゃう(笑)。第3楽章はとても壮大で、構成としても大きい。ショスタコーヴィチは、本当のロシアの美しさを表現したかったのではないでしょうか。
第4楽章は、お祭りっぽいところが好きですね。パーカッションや管楽器とのやりとりも面白いです。まさに名曲といえるのではないでしょうか。
 
──このコンチェルトに最初に出会ったのはいつごろで、どなたの演奏でしたか。
 
三浦 10歳のときにオイストラフの映像を見たのが、この曲との初めての出合いです。オイストラフは演奏中、頬をブルブル震わせるんですが、このコンチェルトもものすごく震わせて弾いていて、ああ、大変な曲なんだなあと子ども心に思いました。でも、いま自分が弾くようになって、やっぱり大変な曲だなあと(笑)。僕は両親ともヴァイオリニストの音楽一家に生まれ、3歳よりヴァイオリンを始めました。6歳から徳永二男先生に就いています。2009年ハノーファー国際コンクールで優勝できたことでヴァイオリニストとしての道が拓けました。ウィーンに留学していたときは、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターを務めていた、ライナー・キュッヒルさんの自宅の建物の一室に住んでいたことがあります。当時からハンガリー系などの肉料理が好きで、やがて自分でも作るようになりました。
 
──肉料理はどんなものが得意ですか。
 


三浦 グラーシュです。ハンガリー風シチューですね。これはウィーンでラクリンの家に遊びにいったとき、そこに彼の友人でシェフを務めている人がやってきて、ラクリンに作り方を教えてくれたんです。僕も横で見ていました。その次の日にラクリンからメールがきて、レシピがドイツ語で書いてあったんです。それを頼りに作り、何度か挑戦しているうちに、とてもおいしいグラーシュができるようになりました。
 
──どのように作られるんでしょうか。
 
三浦 まずものすごい量のたまねぎをみじん切りにして、ラードで45分間ひたすら炒め続けます。オリーブオイルではなく、ラードを使います。ここにいろんなハープ、パプリカ、赤パプリカの粉を加え、大量の赤ワインと水とブイヨンを入れます。トマトペーストも大切ですね。これを2時間ほど煮て牛肉の肩肉かすね肉を入れ、またさらに2~3時間ほど煮込む。すると、メッチャおいしいグラーシュが出来上がります。お客さんを呼んだときや、友人が集まるときに作ります。
 他には肉じゃがも得意。それから大根餅。大根餅、知らないですか? うまいんですよ。でも、以前、大根を擦りすぎて手が筋肉痛になり、翌日の本番でシベリウスのヴァイオリン協奏曲を弾かなくてはならないのに、ああっ、筋肉がイテ―っみたいな…。大根の擦りすぎには要注意です。
 

ふだんクラシックを聴かない人もコンサートに来てほしい

──撮影の合間に、最近の趣味のお話をされていましたが、改めて教えていただけますか?



三浦 僕はいま、あちこち歩くことにハマっています。コンサートで訪れた土地を歩いてみて、おいしそうな店を探したり珍しい物に出合ったり。あとはケータイゲームをよくやっています。最近は、運動不足を解消しないといけないと考え、自宅のまわりを走っています。3キロくらいかな。始めたばかりなんですけどね。
 なかなかバカンスがとれないんですけど、この夏は家族とハワイに1週間ちょっといきました。でも、ヨーロッパの友人に「えーっ、1週間ちょっと? それバカンスじゃないよ。1カ月はとらないと」といわれ、ショック。でも、すごく楽しかったんですよ。そうそうおいしい蟹カレーの店を見つけました。アラモアナセンターの近くです。蟹が乗っているのではなく、蟹の味わいが濃厚なカレー。すっごくうまいんだけど辛くて辛くて、ウーロン茶5杯も飲んじゃった(笑)。
あと靴が好きで、ハワイはショッピング天国なので、いい靴を見つけました。以前、軽井沢でもカッコいいスニーカーを買いましたね。
 
──クラシックのヴァイオリニストというと固いイメージを持たれる方も多いですが、そう聞くと20代らしさを感じますね。さて、「サントリーホールARKクラシックス」は今年2年目ですが、いま勢いに乗るロンドン生まれの指揮者、ロビン・ティチアーティをはじめ、三浦さんの恩師であり友人でもあるヴァイオリンのジュリアン・ラクリンなど、すばらしいアーティストが来日し、日本からも辻井伸行さんを筆頭に実力と人気を備えたアーティストが多数参加していますね。(注・取材は10月2日、音楽祭の準備期間中に行われました)
 
三浦 本当にいろんな音楽家が参加してくれ、さまざまな作品を演奏することができ、充実した音楽祭となっています。昨年から始まったばかりですが、もう先のことを考えていて、なかなか日本には紹介できない海外の若手アーティストを呼びたいと思っています。
もっともっと内容を充実させ、ふだんクラシックを聴かない人にも聴きにきてほしいと思っていますので、プログラムもじっくり練っています。
 
──今回は指揮をされるそうですが…。



三浦 いま結構、指揮に入れ込んでいるんですよ(笑)。これまで弾き振り(ヴァイオリンを弾きながら指揮も務めること)は経験あるんですが、指揮だけ行うというのは初めてです。これはとにかく経験を積まないとダメで、スコアもヴァイオリンのパートだけではなく、総譜を把握し、オーケストラの全部の楽器を頭に入れていかなくてはなりません。
指揮者は本当に大変です。でも、やりがいがあります。今回は、10月5日に辻井伸行さんがピアノのソリストを務め、ARKシンフォニエッタというオーケストラの指揮を僕が行うことになっています。モーツァルトの「ディヴェルティメント ニ長調」で幕開けし、バッハの「2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調」をラクリンと僕がソロを担い、最後に辻井くんがショパンのピアノ協奏曲第1番を演奏するわけですが、この指揮も担当します。メッチャ緊張していますよ。本当に指揮というのは、しっかり勉強しないとできません。これからも指揮はやっていきたいと思っていますが、勉強と経験が大事ですね。
 
──三浦さんがいま使用している楽器は、宗次コレクションから貸与されているストラディヴァリウス1704年製「Viotti(ヴィオッティ)」ですが(イタリアのクレモナで作られた名器。アントニオ・ストラディヴァリとふたり息子によって作られたヴァイオリンは、ストラディヴァリウスと呼ばれる)、ヴァイオリニストにとって楽器は命ともいうべき存在ですよね。よくヴァイオリニストは新しい楽器と出合うと、特にストラディヴァリウスのような名器の場合は弾きこなすのが大変だといわれますが、ヴィオッティとの相性はいかがですか。



三浦 ラッキーなことに、この楽器とは最初から相性が抜群でした。苦労することはありませんでした。もちろん偉大なヴァイオリン製作家ストラディヴァリが作った楽器ですから、すばらしいのはわかっていましたが、3年前に出会ってから現在までとてもいい関係を続けています。ストラディヴァリウスは輝かしく、黄金の音色、色にたとえると黄色やオレンジのような感じだと思いますが、ヴィオッティはどこかダークな部分を秘めていて、モスグリーンのような色合いを感じます。ブラウンにも近いかな。楽器から教えられることはたくさんあり、この楽器を弾くようになって表現の幅がぐっと広がりました。同じ曲でも、この楽器で弾くと、深い表現力が可能になるのです。
 
──演奏が変わるといえば、同じ作品でも共演する指揮者やオーケストラが変わると、微妙に演奏が異なると思いますが、その真意はどこにあるのでしょうか。
 
三浦 これも料理にたとえられます。同じ素材でもレシピでも、料理する人によってまったく出来上がりが異なる。音楽も同じですよね。ひとつの例を挙げると、昨年メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲をサンクトペテルブルクでワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー劇場管弦楽団と演奏し、直後にロンドンでピンカス・ズーカーマン指揮ロイヤル・フィルハーモニーと演奏しました。ゲルギエフはオーケストラを完全掌握し、ソリストの僕の演奏も瞬時に理解してくれ、ものすごく短時間のリハーサルでビシッと合わせてくれる。指揮者とはこうしたものだという典型ですね。
一方、ズーカーマンはヴァイオリンもヴィオラも演奏する人ですから、僕と一緒にメンデルスゾーンをうたっている感じ。一緒に弾いているんです。その違いで、僕の紡ぎ出すメンデルスゾーンはまったく異なる演奏になりました。これが音楽の魅力だと思います。
 僕はふだんクラシックを聴かない人も、ぜひコンサートに足を運んでほしいと願い、さまざまな試みを行っています。ARKクラシックスもその一環で、みなさんがリラックスして演奏を楽しんでくれます。僕たちがもっと聴衆と一体となって音楽を楽しむためには何が必要か。何ができるのか、それをいつも考えています。グラーシュを作りながら、ジョギングをしながら、泳ぎながら、常に音楽を考えているんですよ。

撮影 阪本 勇
スタイリスト 遠山徳子
ヘアメイク 緒方加代子




『ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ハチャトゥリアン:《ガイーヌ》より/三浦文彰(ヴァイオリン) デニス・ロトエフ(指揮) チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ』
2019/10/30 ON SALE

AVCL-25998  ¥3,300(税込)



 
 
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伊熊よし子
WRITTEN BY伊熊よし子
東京音楽大学卒業。音楽ジャーナリスト、音楽評論家。レコード会社勤務、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経てフリーに。

http://yoshikoikuma.jp/
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