パリやロンドンで多くの観客を魅了し、5月19日からいよいよ日本初上陸を果たすランウェイ・ミュージカル、「ジャンポール・ゴルチエ『ファッション・フリーク・ショー』」。世界的なトップデザイナー、ゴルチエが自身の半生を元に脚本・演出・衣装を手がけるこのミュージカルは、ファッションに興味がある人はもちろん、そうでなくても楽しめる一大エンターテインメントになっています。この作品の見どころについて、『ヴォーグ ジャパン』のファッションディレクター『フィガロジャポン』『エル・ジャポン』『ハーパーズ バザー』編集長を歴任してきた塚本香さんに寄稿していただきました!
ゴルチエ自身が手がけた200着を超えるオリジナルの衣装は見逃せない!
一瞬たりとも目が離せない! いよいよこの5月に東京にやってくる『ファッション・フリーク・ショー』の感想を聞かれたら、このひと言に尽きる。ジャンポール・ゴルチエが脚本・演出・衣装を手がける自叙伝ミュージカルは豪華絢爛な一大エンターテインメント。ファッションデザイナーとしてのゴルチエを知らなくても、ミュージカルになじみがなくても、きっと心奪われるはずだ。
初演は2018年のパリ、ロンドンを皮切りにワールドツアーをスタートし、ヨーロッパでは30万人を動員したという話題のステージ。日本への招聘に動いた山浦哲也さん(エイベックス・エンタテインメント シアター制作グループ ゼネラルマネージャー)はこのショーを初めて観たときの衝撃をこう語る。「すべてがぶっ飛びすぎ! 30年以上たくさんの作品を見てきましたが、ここまでワクワクさせられたのは久しぶり。『レント』をオフブロードウェイで見て以来のこと。度肝を抜かれたとしかいいようがないです」
そこまで観る人を熱狂させる『ファッション・フリーク・ショー』はファッション・音楽・ダンスを融合させた夢のようなスペクタクル。ゴルチエの名前にピンとこなくても楽しめるが、なんといってもファッションはこのショーの大きな主役。ゴルチエ自身が手がけた200着を超えるオリジナルの衣装は見逃せないものばかりだ。実際にパリコレクションのランウェイを飾ったアーカイブもあれば、このショーのために自身のシグネチャーアイテムを複製したスペシャルピースも。マドンナが1990年の「ブロンド・アンビション・ツアー」で着用したことで一世を風靡した円錐形の“コーンブラ”を筆頭に、ゴルチエのユニフォームともいえるブレトンストライプのマリンTシャツ、サテンのリボンのコルセット、バストを剥き出しにするヌードドレスなど、彼の半世紀に渡るクリエイションを辿るようにアイコニックなルックが次々と登場する。どれも奇抜でそして美しい。
アメリカン・ヴォーグの編集長としてその名を知られるアナ・ウィンターや今は亡きカール・ラガーフェルドといったファッション界の重鎮をキャラクターとして登場させているのもゴルチエらしいいたずら心。スペイン人俳優のロッシ・デ・パルマやモデルのファリーダなど彼のミューズたちも映像ながら友情出演、そういうゴルチエ人脈が気づいたら現れているというのもショーを観ている間ずっと目が離せない理由のひとつだ。
ゴルチエならではの大胆な衣装を纏っての激しいダンスパフォーマンスも次なる見どころ。マドンナの世界ツアー『MDNA tour 2012」やクリスティーヌ・アンド・ザ・クイーンズの『Chaleur Humaine Tour』のダンスを手掛けたフランスの振付家、マリオン・モタンによるコンテンポラリーからジャズまでのジャンルミックスの振り付けはダイナミックで官能的。ステージ上のランウェイで繰り広げられるファッションショーのシーンではダンサーたちの個性あふれるウォーキングに圧倒される。ナイル・ロジャーズの「Le Freak」やザ・ドアーズの「Light My Fire」、ユーリズミックスの「Sweet Dreams」などそれぞれの時代を象徴する数多くのヒット曲も耳を楽しませてくれる。ファッションもダンスも音楽も連鎖して、息を呑むようなパフォーマンスが続いていく。
誰も見たことのない、すべてを超越した美しいゴルチエ・ワールド!
その華麗なステージで語られるのはゴルチエ自身の波瀾万丈な半生そのもの。デザイナーとしてひとりの人間として彼が綴った嘘偽りのないストーリーが『ファッション・フリーク・ショー』のいちばんの核心かもしれない。彼が振り返るこれまでの人生は誰の心にも訴えかけるものがある。
その物語はゴルチエの子供時代から始まる。お針子だった祖母の影響で自分のテディベアにドレスを作って遊んでいた少年は、13歳でファッションデザイナーになることを決意、独学でファッションを学ぶ。18歳の誕生日にピエール・カルダンのメゾンに入り、ジャン・パトゥでも経験を積んだ後、1976年に自身の名前を冠したメゾンを創設。初めてパリで発表したプレタポルテコレクションはファッション界を騒然とさせる。その後も“アヴァンギャルドの旗手”と称されるままに、ファッションの既成概念を破壊するような挑発的なクリエイションを発表していく。あまりに過激な表現は下品と否定されることもあった。エロティックでユーモラスと思える“コーンブラ”も1983年当時は賛否両論、大きな物議を醸すことに。ブラに限らずコルセットなどの下着を堂々とアウターとして着ることを提案したのもゴルチエだが、それもすぐに受け入れられたわけではない。しかし、彼は怯むことなく、ボディを強調するタトゥースキンや男性用スカートなど古いファッションコードを打ち破るようなアイコンを次々と生み出していく。
ジェンダーフリーやボディポジティブといった概念がファッション界で語られていなかった時代から、ゴルチエは誰とも違うひとりひとりの美について問いかけてきた先駆者でもあったのだ。このショーのタイトルにもなっているフリークという言葉は彼の問いかけの象徴でもある。「フリーク・イズ・シック/普通と違っていることは美しい」と彼はその半生を通してずっと語り続けてきた。性別も人種も体型もあらゆるものを超越した真の「美」を追求してきたのがゴルチエなのだ。その集大成ともいえるのがこの『ファッション・フリーク・ショー』。度肝を抜かれるような演出を徹底して貫いているのも、自分が求める真の「美」を表現したいという思いからなのだろう。
「ハチャメチャなのですが、芯が通っている。説教くさくなく頭ごなしにアジテートするでもなく、観る人がただ圧倒されてその瞬間にこういうのもありだなあとこれまでの意識を変えてしまうようなパフォーマンスの連続のようなショーなのです。能力のある人は誰にでもわかる言葉で説明するといいますが、ゴルチエさんはまさにその能力に長けた人。豪華絢爛なミュージカルとして楽しませながら、自分の思いをしっかりと伝えている。いろいろ苦労した、辛い経験もあったけれど、それでもフリークでいることは素敵というゴルチエさんのメッセージに誰もが共感するはずです」と山浦さん。
彼のメッセージは心の叫びともいえるもの。それが山浦さんの言葉どおり観る人の心に沁みてくる。デザイナーとしての成功の道を歩みながらも、彼の人生は決して平坦なものではなかった。愛する人との出会いと別れ、異端児ゆえの苦しみや迷いというゴルチエの心情はそれぞれのシーンで象徴的に使われている曲の歌詞が代弁している。デザイナーを目指す若きゴルチエの希望はカーティス・メイフィールドの『Move on up』が、ジルベール・ベコーの『Et Maintnant』は恋人を亡くしたゴルチエの深い悲しみを語っている。そしてフィナーレのザジの『Tout le monde』。この曲にゴルチエは彼の変わらないメッセージを重ねて託したのだろう。「誰もが美しい」と。
「ゴルチエさんの思いがあらゆるシーンに凝縮されているからこそ、どんなにぶっ飛んでいても、観た人が涙して、でも最後にハッピーな気持ちに包まれるショーになっている。音楽もダンスも衣装もすべてが見どころ。ゴルチエさんの人生を体感できるミュージカルなので、ともかく全身で味わってほしい」
デザイナーになる決心をする前に9歳で観たフォリー・ベルジェールのショーに魅了されたというゴルチエ。最高に過激なデザイナーが最高に過激なショーマンとして長年の夢を結実させたともいえる『ファッション・フリーク・ショー』。それは誰も見たことのない、すべてを超越した美しいゴルチエ・ワールド。エロティックでダイナミックで、でもヒューマニティ溢れるその世界観に誰もがきっと心動かされるはずだ。変わっていることは素敵なこと、という変わらない彼のメッセージは今なによりも求められているのだから。フリークなゴルチエのミュージカルはそれだけ素敵ということ。
ジャンポール・ゴルチエ『ファッション・フリーク・ショー』
https://fashionfreakshow.jp/
【日時】<東京> 2023年5月19日(金)~6月4日(日) 東急シアターオーブ
【日時】<大阪> 2023年6月7日(水)~6月11日(日) フェスティバルホール
問い合わせ先:
<東京> キョードー東京 0570-550-799(平日11:00~18:00/土日祝10:00~18:00)
<大阪> キョードーインフォメーション 0570-200-888(11:00~18:00 ※日曜・祝日休業)
ライター
塚本 香
ファッションジャーナリスト/エディトリアルディレクター。「ヴォーグ ジャパン」のファッションディレクターを経て、「フィガロジャポン」編集長、「エル・ジャポン」編集長、「ハーパーズ バザー」編集長とインターナショナルなファッション誌の編集長を長年務め、昨年からフリーランスとして活動中。