デビューシングル「めだか達への伝言」をリリースしたmedakaya.com。……って、めだか? めだかや? しかもその風貌を見ると、どこかで見たことのあるようなヘルメット……コレは一体何? そう思ってmedakaya.comさんにお話を伺うと、さらに情報量が多くて大変なことに! めだかとmedakaya.com、その可能性とは!?
そもそも「medakaya.com」って何者?
──medakaya.comさんはその名前の通り、「めだか屋」さんなわけですよね。
medakaya.com(以下mc) そうですね、「めだかやドットコム」というめだかの情報サイトから始まって、今はめだかと関連商品の販売、品種改良と繁殖、めだか関連の執筆や講演、それにめだかを中心とした福祉事業、そして「medakaya.com」名義でのアーティスト活動をやっております。
──あまりに多岐にわたるので、一つ一つ伺っていきたいんですが、まずそもそも、めだかとの出会いとは?
mc めだかっていうのは、みんな小学校5年生で必修で勉強してるんですよ。僕も当然、小学校で勉強したんだと思うんですけど、一番古い記憶で言うと中学2年かな、やっぱり教室でみんなで飼っていて。大学を途中で休学して留学したんですが、帰国してから再度、自分でめだかを飼い始めたんです。、金魚とか鯉ではなくて、めだか。その当時もペットとしてのめだかの市場というものはなくて、売ってるのもだいたいエサ用だったり、蚊を食べさせるための有用な魚として売られていたのを買ってきて、それを僕は1人で繁殖させて楽しんでたんですね。
──あくまで趣味として、ということですよね。
mc はい。好きでやってました。やっているうちに飼育方法とかをまとめるようになって、それを2004年にめだかの情報サイト「めだかやドットコム」を立ち上げて、そこからめだかというものがペットとしての日本中に広まっていったんです。今は「めだかブーム」と言われてるんですが、その元祖というのはウチのサイトなんですよ。
──すみません、めだかがブームというのは存じ上げませんでした。
mc 昔は「第三の魚」って言われてたんですよ。金魚、鯉の後がめだかだと。でも今はもう金魚と鯉の市場を完全に凌駕しちゃって、「めだか」という一つのペットになったんですね、今はその市場で言うと、犬、猫、めだかになってるんですよ。
──あ、そこまでなんですか!
mc 勉強していくと、そもそもめだかって、水田とかに流して害虫を食べさせるのに使っていて。そのおかげで僕らの先祖はうまい米が食べられたわけで、だから英語ではライスフィッシュ(ricefish)って言われるんです。それに金魚や鯉は日本の魚と言われるけど、あれはフナの一種で、世界中で改良が進められている。でもめだかは日本の本州にしか生息していなくて、あれこそが「国魚」なんです。それに日本で最も小さな淡水魚でもあって、あの大きさや色合いも、熱帯魚と違って派手さがなくて、僕自身もすごく心地よさを感じるし、「大好き」って人もあんまりいない代わりに、「嫌い」というイメージを持ってる人もいないんですよ。
──確かにそうですね。しかしめだかについて完全に「知ってるつもり」でした!
mc まあそういう流れがあって、「めだかやドットコム」をきっかけにめだかの人気が広まって、僕はTV局に取材を受けたり、出版社の依頼があって日本初のめだか専門書を執筆して。今は全部で4冊出してますけど、ありがたいことにベストセラーになりました。それで、決して僕が自分で言ったわけじゃないんだけど、「めだかの第一人者」と出版社やテレビ業界の人が言ってくれて、それが広まった感じなんです。
──なるほど。
mc 今、僕は福祉事業もやってるんですが、それは僕が今まで培ってきためだかの知識、技術を生かした、障害を持った方の就労支援事業なんです。今は70人ぐらいいますけど、その子たちに教えて、育てて、売って、その収益は全部「工賃」という名目で、彼らの工賃として差し上げるという事業です。
──サイトを拝見すると、medakaya.comさんにとってのめだかというのは、もうすでに単なる魚ではないということですが。
mc 僕自身、ものすごくこだわりのある人間なんですよ。当時はなかっためだかの専門書を自分で書き上げたり、めだかが生きやすい環境を作るために、バクテリアを研究して特許を取ったり、あとは仕事に対する姿勢とかの向き合い方、「水槽の管理はこうじゃなきゃいけない」とか、そのこだわりがものすごくあるんです。また、服装も「こういう服装でピシッとやらなければいけない」とか、「音楽って大事だよね」とか、ライフスタイル全部が僕にとってのめだかなんです。
──ライフスタイル全部がめだか! 全ての中心にめだかがあるということなんですね。
mc 突き詰めて考えると、扱う商品自体は別にめだかじゃなくてもいいんですよ。僕はめだかで福祉事業をしたり、自分ですごく突き詰めて本を書いたりして、それで日本一を取ったりとかしてるんですが、その姿勢が大事なんです。とことんこだわっていくとか、自分の思いをちゃんと貫き通すとか、芯を持って考えるとか、それを全部ひっくるめて「めだか」なんだと。確かにめだかを扱ってはいるんだけど、別にめだかをただ飼うことっていうだけじゃなくて、洋服とかも全部含めて「めだか」というイメージなんです。
──その要素の一つに音楽があるということなんですね。
mc そうですね。僕は仕事をやっていく中でめだかで特許を得て、「自然浄化水槽」というものを作り上げました。これはどこにも負けない自信があるんですが、それを僕が一人で「最高にいいんだ!」って言っててもしょうがないじゃないですか。結局、これが多くの人の手に渡って初めて価値になると思うんです。だから、多くの人に僕のめだかの仕組みを分かってもらうためには、やっぱり楽しいと思ってもらわなきゃいけないと思うんですよ。
──めだかを飼うこと自体が楽しいんだと。
mc 僕は今まで、ただ単にめだかが生きるこの水槽の中にばっかり注力して頑張ってきたんですけど、今度はそれを世の中に広げていかないといけない。そのためには技術とか特許だけじゃなくて、やっぱり「楽しい」というエンタメ性が必要だなと。そこで自分のライフスタイル、イコール「めだか」というものを音楽に落とし込んで、その音楽が受け入れてもらえれば、当然めだかの水槽やそういったものも全国に広がっていくだろうという構想なんですね。そこでエンターテインメントと音楽のプロであるエイベックスさんと一緒にやっていこうと。
──同時に、めだかやドットコムさんとエイベックスが共同で「NIWA」というブランドを立ち上げられたと伺いました。
mc はい。たまたまエイベックスの方にウチのめだかの仕組みをいいなと言ってもらう機会があって、その時に僕は僕で、エイベックスさんの音楽のエンターテインメントに非常に興味があって、お互いの持ち味を合わせて何か面白いことはできないだろうかって話をしてた中でできたのが「NIWA」なんです。僕は水槽を売っていて、エイベックスさんは世の中に音楽を提供している。そこでどんなシナジーが起きるか。私は福祉事業もやっていて、医療や福祉っていうのはけっこうお堅い分野なんですよ。そこの代表がいきなり歌を歌って、めだかの水槽をエイベックスと一緒に世の中に展開していくというのは、普通に考えても「えっ!?」ってなるじゃないですか。それをやろうというところで歌を作りました。当然、この歌が世の中に広まっていくことも僕にとって大事だし、その先には一緒に作っている「NIWA」の商品が世の中に認知されて、しっかり販売できるようにしたいというところでつながっているんです。
「めだか達への伝言」に込められた思いとは?
──そうして誕生したのが「めだか達への伝言」という曲ですが、これは「めだかのことを歌った歌」ではないんですね。
mc そうですね(笑)。めだかそのもののことを歌ったわけではなくて、めだかによって僕が得てきたことであったり、僕がそれによって今まで生きてきたことを歌ったものというか。僕は25歳の時にちょっと大病をしていてて、頭の手術をしたんです。それで25歳から30歳まで働いてないんですよ。その時に半年ぐらい鬱病を患って長期入院したこともあれば、開頭手術後に車椅子に乗っていて。
──そうなんですか……。
mc その病気をする前は、家が会計士の家系だったので会計士になろうと思っていて、本当に順風満帆な人生だったんです。本当に嫌味な話、失敗したことがなかったんです。何をやってもうまくいっていた。でもそれが病気になって、一瞬で無になったんです。手術が終わったら飯も食えない状態で。若い頃は誰よりも稼ごうと思ってて、それが価値だと思ってたんですが、病院のベッドの上にいたら無価値だと、「こんなの医療費のムダだから死んだ方がいいんじゃないか」と思って、自殺するために必死にリハビリしました。それがやがて少しずつよくなってきたところで、たまたま、児童養護施設のボランティアにお誘いがあって何度か行ったら、僕が行くと喜んでくれる人がいるわけです。生きる価値がないと思ってた僕を喜んでくれる子供たちがいるわけ。それで「これだ!」と思って会計の仕事は一切やめて、福祉の方向に行ったんです。
──病気がきっかけですが、それは大きな転機ですね。
mc 30歳になってある程度働けるようになって、福祉業界は「老人」と「障害」という二つの大きな分野があるんですけど、両方とも5年ずつ、ちゃんと現場スタッフとして働いて、40歳になった時に自分の会社を作って、僕の描いていた「めだか」と「福祉」を融合させた事業所を作って、今がちょうど5年目なんです。今は日本最強の福祉事業所だと、僕は思ってます。
──そこまで押し上げたと。
mc ただ、福祉という分野も医療もそうだけど、やっぱり暗いんですよ。でも僕は福祉というものをカッコいいものにしていきたいんです。それに作業所の作業も、AIなどの進化によって、やがては人の手がいらなくなる。残るのは「思考」なんですよ。だから僕は、障害福祉を「作業から思考へ」と、ずっと主張してるんです。考えて仕事をすることで、福祉事業をやってる人間が歌だって出せるんだぜというところを、僕は体現したくて、そういったものを表現するのに、エイベックスさんが力を貸してくれて出来上がった曲ということなんですね。
──めだかを通じて得た人生経験のいろんなことを詰め込んだと。
mc そうです。この曲は3バースあるんですが、1バースは僕が精神障害に悩んでた状況。「朝起きて目が覚めて下を向く。周りの皆が俺を見てる」という部分は、本当に鬱の状況なんですね。そこから次は、人間の本質。会社では「強い」と言われる僕も、実は弱いんだということも込めて。そして最後が成功の法則。最後は、目が覚めて上を見ろと。必ず日は昇ってくるということで、最終的にリカバリーまでの全部を歌ってる曲になっています。鬱を扱った歌だということは前面に出してはいないけど、実は全部そういう内容なんです。
──さまざまなメッセージが込められているわけですね。その一方で、アーティスト「medakaya.com」のトレードマークはそのヘルメットですよね。どこかで見た風貌な気がしますが……。
mc 僕が大好きなキャラクターにオマージュさせてもらってるんですけどね(笑)。非常に悪い奴で、女好きなヤツなんですけど、俺もそうだなと。福祉事業をやってて、世の中から「偉いねっ」てみんなに言われるんだけど、実は社会性のある仕事をしているからと言って聖人であると思ってないし、他の誰もとも変わらない。私も普通に酒・女・たばこは大好きですよ。でも、「人間ってみんなそうでしょ」って僕は言いたいんです。悪いことしてますよって言ってるんじゃなくて、結局みんな欲深くて、お金好きで、いくら僕が福祉をやってるって言っても、そういうところは同じですから。だけど、1個ぐらいいいことしてみないかと。偽善でもいいからさ、それを福祉って言うんだよと。
──なるほど!
mc 福祉事業主が、ヘルメットをかぶってラップを歌うなんて、普通はありえないと思うけど、僕は本気でやってますから。超カッコいいと思ってるんで。またこのヘルメットの色は、白と黒と朱、めだかの3色になっているんです。
──ああ、確かに! さらに、作詞と作曲にもクレジットが入ってますよね。
mc 作詞に関しては、もともと本も書いているし、言葉を駆使するのが好きなんです。それにギターも趣味で弾いていて、音楽に自分の言葉を乗せるというのはそんなに大変ではなかったですね。ウチの会社では、朝の会議の時に僕が遊びでラップを歌ったりしてるんですよ。
──会議でラップを!
mc 海外出張先からZoomで参加したりもするんですけど、その時はその国のことを歌ったりね。そういう遊びをしていたのもあって、自分の言葉を人に伝えるときに一番いい音楽って何だろうって考えた時に、僕の声とかに一番うまくハマるのはラップなのかなと思って、それでこのスタイルになりました。
──この曲にはkolmeのMIMORIさんも参加されていますね。
mc 完成版を聴いた時には、「こんなにいい曲は聞いたことないな」っていうぐらい感動したんですよ(笑)。彼女が歌ってくれているサビの歌詞「小さなめだかのスピーカーから湧き出る3つの和音」。この3つというのもめだかの3色、白・黒・朱という3色のことですし。まあ僕の歌ってるとこだけだったら、聞けたもんじゃないかもしれないですけど、あのMIMORIさんのあのサビの部分があって彼女のアーティスト性というか、あの声が入るところと、僕の思いとが、本当にうまくまとまったなという気はしました。
──そしてこの曲のMVは全編八王子ロケになっています。
mc 僕が生まれ育った場所ですから。富士森公園とか都まんじゅうとか、子供の頃から慣れ親しんだものばかりなんです。それは八王子の土地に対する想いというよりは、やっぱり「人」ですよね。親とか家族も含めて。僕はもともと、世界を股にかける国際的なジャーナリストになりたいとか、商社に勤めたいという夢があったんです。それで外国にも行ってたんですけど、でも、どこにいても常に気になるのが、八王子の友達のことなんですよ。「あいつ何やってるかな」とか考えてたら、世界で働くことがアホらしくなっちゃって。自分の心はいつも八王子の友達のところにあるということに気付いて、退学届を出して帰って来ちゃったんですよ。そういう意味で、八王子の土地というか人というか、そういうものに対する愛情は強いですね。
──八王子って音楽が盛んですよね。マキシマム ザ ホルモンだったりファンキーモンキーベイビーズだったり。
mc そうですね。KICK THE CAN CREWとかケツメイシとか。音楽ももちろん盛んなんですけど、不良が多いんですよ(笑)。それもあって人のつながりがすごく強いですからね。
──今、お話を伺った中だけでもいろんな顔というか立場をお持ちですが、その中でアーティスト活動の位置づけというのは?
mc もちろんアーティストとしても、どんどん世に出てきていきたいですね。僕は水槽をエイベックスさんと作ってはいますが、歌を水槽を売るための一つの道具と思ってるわけじゃないんです。こっちでも僕は本気を出してるから、これも負けないものだと思ってます。そして、これがちゃんとうまくいくことによって、水槽にもいい効果が出ればいいと思ってるわけです。そしていずれは、ヨーロッパの美術展などで「アートアクアリウム展」を開催したいと思っています。海外でも「NIWA」の水槽の市場というのはかなりの可能性があるので、そこをエイベックスさんとも一緒に展開していきたいし、その土地で歌も披露できたらいいですしね。福祉も含めて、めだかの可能性というのは、まだまだ無限に広がっていきますよ。
めだか達への伝言 feat. MIMORI(kolme)
2021.10.01 デジタルリリース
【メダカ総合情報サイト めだかやドットコム】
https://www.medakaya.com/
【めだかやドットコムCH】
https://www.youtube.com/channel/UCi6MjAmt4X6fpk-tcTgPzSg
ライター
高崎計三
1970年2月20日、福岡県生まれ。ベースボール・マガジン社、まんだらけを経て2002年より有限会社ソリタリオ代表。編集&ライター。仕事も音楽の趣味も雑食。著書に『蹴りたがる女子』『プロレス そのとき、時代が動いた』(ともに実業之日本社)。