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アーティスト・作品

Acid Black Cherry

4thアルバム『L—エルー』オフィシャルレビュー

2007年にソロプロジェクトとしてAcid Black Cherryを始動させたJanne Da Arcのヴォーカリストyasu。
Acid Black Cherry・yasuは、これまでに、ダウンロードシングル「君がいるから」を0thシングルと数えると、19枚のシングルと3枚のオリジナルアルバムをリリースしてきた。
yasuの作品作りの最大の特徴でもあり、絶対的な個性として上げることが出来るのは、オリジナルアルバムすべてが、テーマを掲げたコンセプトアルバムとして作り上げられていることである。

『七つの大罪』をテーマとし、罪の源である《傲慢》《物欲》《嫉妬》《肉欲》《憤怒》《貪食》《怠惰》という、人間の強欲を赤裸々に唄い上げたコンセプトアルバム『BLACK LIST』。真実が明かされることのないまま迷宮入りとなってしまった冤罪事件を、オリジナルストーリーとして描き上げたストーリー・コンセプトアルバム『Q.E.D.』。“マヤ歴で世界が終わる”ということを元にした架空のストーリーと、“生きる”ということをテーマに描いたコンセプトアルバム『2012』と、どれもyasuの人間性を深く知ることの出来る、実に人間的な作品だ。
また、アルバムにはその時期のシングル曲がマストで収録されているのだが、そのシングルたちも、アルバムに収録されることにより、シングルとしてリリースされていたときとは違った意味合いを放つこととなり、アルバムの中の一つのピースとして生まれ変わるのである。

そして。2015年2月25日。前作『2012』から約3年ぶりとなるオリジナルアルバム『L-エル-』をリリースした。
この作品には、「Greed Greed Greed」「黒猫〜Adult Black Cat〜」「君がいない、あの日から…」「INCUBUS」という4曲のシングル曲が含まれるのだが、アルバムタイトルにもなっている、“エル”という波乱の人生を送った一人の女性を主人公とした、長編ストーリー(小説)と見事にリンクさせた、新たなロック・アルバムの形を提示したのだ。

まさに。それは、時代を逆行したスタイルでもあると言えるだろう。

もちろん、『L-エル-』は純粋なロック・アルバムであり、お話に基づいて創られたサウンドトラックではなく、あくまでも楽曲先行で作られた流れに沿ってお話が紡がれていったという流れで創られていったのだが、iTunesが主流となりCDを手にすることが少なくなった現時代において、yasuは、コンセプトストーリーブックをじっくりと読みながら視覚と聴覚の両方で感じる“CDというスタイルを重んじた独自の形”で、今作を世に送り出したのである。
これは、幼き頃、漫画家になりたかったという自身の夢に繋がってくる部分でもあると言えるだろう。

そう。yasuは、【読むロック・アルバム】という新たな定義をここに示したのだ。

オープニングナンバーである「Round & Round」は、混沌としたギターフレーズから幕を開ける。それは物語の始まりを思わせる音像が迫るロックチューン。ストーリーブック『L-エル-』は、この物語の主人公であるエルに語りかける、エルが生まれ育った街“La vi an rose”に住む絵描きの少年オヴェスの台詞から始まっていく。
「Round & Round」「liar or LIAR?」「エストエム」という始まりからの3曲には、yasu自身の音楽ルーツを彷彿させるマイナー感の強いヘヴィ・ロックが並べられている。この流れは、今作が純粋なロック・アルバムであることを証明する幕開けと言ってもいいだろう。
優しい両親の元で育ったエルは、何不自由なくLa vi an roseの街で育つのだが、9歳という年齢を境に彼女の人生は大きく変わっていく。
これが、エルの波乱の人生の幕開けである。

エルが欲しかったのは、愛———。

成人を迎えたエルはLa vi an roseを後にするのだが、辿り着いたセラヴィーという街で、エルは欲しかった愛を求めて、いくつかの恋をすることになる。

「liar or LIAR?」「エストエム」と続けて届けられる並びは、エルの波乱の人生を浮かび上がらせる。
「エストエム」はサウンド構成ももちろん、メロディに対する歌詞のはめ方が【yasu節】を感じさせる独特な個性を放っていることも、Acid Black Cherryのコアなファンには嬉しいポイントだろう。この「エストエム」も、先に楽曲が存在していたというが、歌詞は、エルが出逢ってしまったドメスティック・バイオレンスな歪んだ愛に沿わせてリライトしていったのだという。

この流れで差し込まれる「君がいない、あの日から…」は、会えなくなってしまったエルを想うオヴェスの心情を想わせるモノ。

また、5曲目に置かれるアルバムタイトル曲「L-エル-」と、物語との関連性を強く感じさせる「Loves」は、両曲とも3拍子の柔らかな楽曲。今作には、この3拍子曲の他に、跳ね感のあるポップなリズムで構成された「7colors」も存在するが、どちらもAcid Black Cherryが放つ硬派なロックのど真ん中からは大きくかけ離れたリズム曲である。この3曲のみをピックアップすると、耳馴染みの良いメロディ故に、随分とポップでキャッチーな音を放つバンドだなという印象を受けると思うが、初めてAcid Black Cherryの音に触れるという人や、ロックというジャンルに馴染みがなく抵抗があるという人には、“入り口”になるであろう楽曲たちだと言える。

「L-エル-」と「7colors」の楽曲は穏やかで、エルのことだけを愛し、1人La vi an roseで生きるオヴェスの人生を演出し、波乱の人生を送り続けるエルの世界が描かれていく物語の中に、時おり差し込まれるオヴェスの台詞と繋がるところである。
「Greed Greed Greed」や「versus G」といった楽曲は暗く激しく、愛を求めて続け、何度も何度も酷く傷つくエルの人生を演出する。
しかし。昭和の歌謡曲を思わす、“幸せ過ぎることを怖く想う”という感情が描かれた「眠れぬ夜」からは、やっと探し求めたささやかな幸せに出逢えたエルの喜びと、その幸せが壊れてしまうのではないかという不安の中で揺れ動く心境が手に取るように伝わってくる。
歌謡曲を意識した唄モノを作りたかったと話す本人の言葉どおり、「眠れぬ夜」は、日本人であれば誰もが心を掴まれる切なさが漂うドラマチックな世界観の楽曲である。しかし。この世界観は、単に歌謡曲をなぞったり、旋律を真似たモノではなく、幼い頃から歌謡曲に慣れ親しんできたyasuという作り手によって生み出された産物であり、Acid Black Cherryの一つの大きな基軸であると言っても過言では無い。まさに。耳馴染みの良い「L-エル-」「Loves」「7colors」と同様に、耳障りの良い「眠れぬ夜」は、Acid Black Cherry初心者には、“とっかかり曲”として、是非ともお勧めしたい楽曲である。

また、Acid Black Cherryがもう一つの基軸とするのは、yasuがバンドサウンドに目覚めてから追求していったヘヴィ・ロックだ。上記にも記したとおり、往年のハード・ロックを思わす「Round & Round」「liar or LIAR?」「エストエム」はもちろん、スラップ(ベースの弦を強く弾く奏法)を前面に押出したシングル曲「Greed Greed Greed」や、アルバムの先行シングルとしてリリースされたアラビア音階を用いた「INCUBUS」、ヘヴィなギターの刻みがアクセントとなるワンコード・ハードナンバー「versus G」などは、従来のファンや、コアなロックファンを唸らせる絶品のロックナンバーだ。

Acid Black Cherryの魅力は、楽曲構成や独自のメロディラインにあるが、“音”だけに限られたモノではない。聴き手を深く惹き付けているのは、yasuならではの個性を放つ唯一無二な譜割りで構築された歌詞だろう。響きを重視しさせ、母音を意識して歌詞を乗せていくといった記号的な制作方法で歌詞を組み立てていくというyasuだが、歌詞として描かれた物語の中には、旧曲との繋がりが描かれたモノや、旧曲からの続編として描かれているモノもあるのだ。
例えば、今作に収録されている17枚目のシングル曲「黒猫〜Adult Black Cat〜」も、デビューシングル曲「SPELL MAGIC」から6年後の主人公の姿が描かれていたりするのだ。さらに、アルバム『L-エル-』のストーリーを読み、デビューシングル「SPELL MAGIC」に遡った流れで「黒猫〜Adult Black Cat〜」を聴きかえしてもらえると、飼いならされた猫が捨て猫になり、やがて男を惑わす黒猫へと変貌を遂げる様子が、エルの人生と重なっていく。
このように、華やかさの中に艶っぽさを存在させた独特のシャッフル感が魅力の「黒猫〜Adult Black Cat〜」が、シングル曲からアルバムの1ピースとして収録されることにより、どのような変貌を遂げたかを楽しめるのも、yasuならではのギミックと言えるだろう。

そして。アルバムのエンディングを担う「Loves」と「& you」。
「Loves」は、オヴェスとエルが生きて来た意味を語り合う、とても優しく愛に満ち溢れた楽曲であり、壮大な楽曲「& you」はこの【読むロック・アルバム】のエンディングロール的な位置にある曲といえる。
愛を求め、ただただ一生懸命に生きたエルと、エルのために生きたオヴェス。yasuは、アルバム『L-エル-』を通して、“生きることの意味”を教えてくれたように思う。

ストーリーを追いながら音と歌詞を感じるも良し。純粋にロック・アルバムとしてライヴを想像するも良し。
yasuが提示した、【読むロック・アルバム】という新たな定義を、是非ともそれぞれの楽しみ方で受けとめてほしい。




Writer  武市尚子