メジャー1stアルバム『FANDOM』をリリースした4人組バンド、トンボコープ。19曲、70分とミッチリ詰まったアルバムは、バンドの特色とも言える疾走感に満ちたナンバーのみならず、さまざまな曲調やスタイルの楽曲が収録されています。このアルバムのことを中心にお話を伺ったんですが、レコーディング中には“大事件”もあったようで……。
バンド名「トンボコープ」に込められたメンバーの思いとは?
──「avex portal」には初めてご登場いただくので、お一人ずつ自己紹介を兼ねて、お名前とパート、それから「バンド内での自分の役割」を教えていただけますか?
雪村りん ギター&ヴォーカルの雪村りんです。役割は、曲を作りまくることです。
林龍之介 ドラムの林龍之介です。僕も曲を作っています。
そらサンダー ギターのそらサンダーです。役割は場を和ませることだと思っています。
でかそ ベースのでかそです。ビジュアル担当です。
──プロフィールによれば2022年4月5日結成となっていますが、結成の日にちまで書かれているのは珍しいですよね。この日に何があったんですか?
林 何があった……んだっけ?(笑)
でかそ 公式のSNSで、このメンバーでドーン!ってアー写とか出したのが4月5日です。
林 その前は、もともとボーカルの雪村以外が、同じ高校でバンドをやってたんですよ。それでボーカルとベースが同じ大学に進学して、「バンドをやろう」ってなって僕も誘ってもらって。「じゃあ俺誘うわ」って芋づる式にこのメンバーになったって感じです。
──「トンボコープ」というバンド名については?
雪村 トンボって、「この指とまれ」って言うじゃないですか。自分たちの音楽にいろんな人が集まってきてほしいなという意味で「トンボ」っていう名前をつけて。「コープ」というのは「組合」という意味で、そういう集団というか、自分たちの音楽に集まってきてくれた人と僕らで一つの集団になろうという意味で、「トンボコープ」とつけました。
──そのアイデアはどういう形で出てきたんですか?
雪村 これは僕一人で考えました。
──バンドのいろんなことを決める過程というのは、雪村さんが中心になるんですか?
雪村 僕と林が曲を書くので、2人が意見を出し合って、ぶつかって、最終的にまとまっていくって感じです。
──その時に、そらサンダーさんとでかそさんはどういうスタンスなんですか?
そら 基本、2人の意見を聞いて、絶対違うものは、「それは絶対に違う」と言いますね。
──「絶対に違う」ということもあるんですね(笑)。
そら なくはないって感じですかね。今までだと、SNSの使い方とかがそうだったんですけど、「それは違うんじゃない?」と思うことは、本人に伝えたりは当然します。
でかそ 僕は、基本的に楽曲のアイデアとかは2人の間で練られて僕らのところに届くので、「いいじゃん」と思うのがほとんどです。
もっとロックバンドらしい楽曲をやっていきたい!
──結成からここまで、もうすぐ3年半ということですね。3年半でメジャーデビューを迎えて、ここまでは順調ですか?
雪村 けっこう紆余曲折あってここまで来たなって感じです。
林 どういう風にトンボコープを認識してもらいたいかという葛藤もありましたね。たくさんの方にトンボコープを知ってもらうきっかけになったのが「Now is the best!!!」っていう曲なんですけど、「トンボコープといえばアレだよね」みたいな感じで知ってもらいたいわけではなくて。それも大切な曲としてあるんですけど、本当はもっとロックバンド然としたバンドとしてトンボコープを認知してもらいたくて。そういう心がけで去年ぐらいからカッコいい曲を増やしてきて、今その地盤がようやく固まってきたっていう感じですね。
──でも、「Now is the best!!!」も今回のアルバムに収録されていますが、十分カッコいい曲なのでは?
林 そうですね(笑)。だけど、ちょっとかわいさがあるかなと。
雪村 普通に自分たちの曲として愛している曲ではあるんですけど、トンボコープを象徴する曲かって言われたら違うなっていうのがあって。本当はもっと王道というか、ロックバンド然とした曲をやっていきたいっていうのが強かったので、そこのギャップで苦しんだ時期はありました。
──その「ロックバンド然とした」というのは、例えばどんなバンドのイメージなんですか?
林 僕の中ではRADWIMPSですね。RADWIMPSに「もしも」という初期の曲があるんですが、僕的に「Now is the best!!!」は、そういう立ち位置の曲になってくれたらいいなって思ってます。その「もしも」という曲もけっこうヒットしていて、ファンにとっての大切な曲なんですけど、そこからRADWIMPS自体はどんどんカッコよくなっていったんですね。その「カッコいい」の方に、僕たちもなっていきたいなと思ってて。
雪村 RADWIMPSだったり、それこそBUMP OF CHICKENだったり、偉大なバンドの音楽を再解釈して、自分たちなりの形に変えて、それを「ロックバンド」っていう印象にしたいなと思っています。
──それも含めて、皆さんにとってのルーツ的なアーティストを挙げるとすると?
雪村 僕はIndigo la Endですね。音楽、バンドを始めたきっかけのバンドです。高校生の頃とかは、自分に劣等感を感じた時とか、すごく憂鬱な気持ちになってる時にIndigo la Endの曲を聴いて、すごく救われたというか、ちょっと気持ちが楽になったという経験があるので、僕も誰かにとってそういうバンドでありたいなという気持ちをすごく持っています。
林 僕はBUMP OF CHICKENとRADWIMPSです。子供の頃から、車の中で聴いていました。子供の頃だったので、そもそもこの世の中にバンドっていうとBUMP OF CHICKENとRADWIMPSしか存在しないって勘違いしてたぐらい、それだけを聴いてました。
そら 僕はONE OK ROCKとRADWIMPSですね。当時、僕の中でその2バンドが二大派閥だったんですよ。「どっちがいい?」って聞かれても、本当にどっちとも答えられないぐらい大好きで、だったらもうどっちのいいところも取ってやろうと思って、それがルーツになってますね。
でかそ 僕はあんまり幼少期からバンドを聴いてたわけではなくて。高校に入って自分でベースを演奏するようになってからいろんなものを聴くようになったんですけど、高校生の時はtetoだけを聴いていました。それでバンドをやるようになってみんなでコピーするときにRADWIMPSなども挙がって、もちろんRADWIMPSもメチャ聴きました。でも自分の中で、人生で一番聴いたバンドってなったら、tetoですね。
──今のお話だと、ベースを弾き始めたのが先だったんですね。
でかそ そうですね。バンドに憧れてバンドを始めたというよりは、軽音部に入ろうと思って始めたのが最初です。
19曲70分を1枚のアルバムに詰め込んだ意図は……。
──そういうところから出発して、今回メジャー1stアルバム『FANDOM』がリリースされるわけですが、「メジャー1stアルバム」というのをご自分たちではどう捉えていますか?
雪村 自分たちの中でスタートラインというか……これから僕たちトンボコープの一個大きな目標が「ドームを埋める」ということなんですけど、それに向かっていく一つの大きなスタートライン、土台になったなと思っています。
──このアルバムタイトル『FANDOM』というのは、先ほどのバンド名の由来とすごくつながっている感じがしますね。
雪村 『FANDOM』というのはファンを象徴する言葉だし、僕たちはさっきも言ったように「ドームを埋める」というのが目標なので、「ファンでドームを埋める」というのを言葉にしたタイトルです。
──なるほど。ライブの動員数などを見ても、どんどんバンドを中心とするコミュニティが大きくなっているという実感があると思うんですが、ファンとの間のコミュニケーションがうまくいってるからという実感があったりしますか?
雪村 そうですね。動員の数は、あまり大きく気にしていなくて。どちらかというとライブの時のお客さんの表情だったり、そういう部分ですごく絆とかコミュニケーションを感じてますね。例えば、部屋で一人で考えた曲のメロディーをみんなが一緒に歌ってくれたりとか、泣いたり笑ったりしてくれているのがステージ上からすごく見えるので、そういう瞬間に、すごいファンの方との絆を感じます。
──今回の1stアルバムについては、どういう方向性で行こうという話だったんですか?
林 今までにミニアルバムは出したことがあったんですけど、フルアルバムはメジャーのタイミングで出そうというのを、もともと考えていて。というのも、早い段階でバンドを知ってもらったし、物事が目まぐるしく変わっていってたので、フルアルバムは満を持して出したいというのはみんなの中であって、それが今だったという感じですかね。
──結成からそこに辿り着くまでに3年というのは、早いと思いますが、そこの実感というのはどんな感じですか?
雪村 すごく目まぐるしい3年間だったとは思ってて。あっという間っていう側面もあるとは思うんですけど、やってる自分たちとしてはすごい長く感じる期間もあったんですね。だから、簡単な3年ではなかったな、と思います。
──そのアルバムですが、19曲で70分、CDの限界に近いぐらいみっちり収録されていますよね。これだけのボリュームになったのは?
林 バンドでは、あんまり19曲入っているアルバムがないなと思ったのはありました。あとはロックバンドとして、他にもラッパーとかシンガーソングライターとかいろんな形がある中で、例えばVaundyさんは2年前ぐらいに1枚で20曲入ったアルバムを出してるんですよ。ついこの間もTeleさんが21曲入ったアルバムを出していて、僕たちも負けてられないなと。
あとは、妥協せずに作った結果、19曲になったっていうのもあって。やっぱり、シングルをボンボンボンボンと出した後にそれを全部集めたアルバムにすると、ちょっと全編で気合が入りすぎてるかなと思うんですよね。結局、アルバムとして聴いた時にちょっとしんどくて、途中で辞めちゃう気がするんですよ。アルバムとして曲を出すと、いい意味でボーッと聴ける感じがするというか。この中だと「鼾」という曲とか、すごく真剣に聴かなくてもいいなって思える時間があるというのは、アルバムでしか得られない栄養素なのかなという気がするんですよね。そういう意味でも、この19曲っていうのは必然だったかなと思います。
──確かにアルバム全体を聴かせていただくと、「daratto」とか「鼾」とか、力が抜けている瞬間があるなと思っていました。そこにはそういう意図があったんですね。ただ、基本的には疾走感があって、歌詞の内容もポジティブな曲が柱ですよね。それこそリード曲になっている「アイデンティティ」はバンドの方向性を象徴するような曲ですよね。
雪村 この曲は一聴すると明るい曲に聴こえると思うんですけど、やっぱり自分の個性を愛せない瞬間だったりとか、そういう部分にフォーカスして書いた曲でもあるので、ただ明るい曲ではなくて。やっぱり自分と同じような悩みを抱えている人とかに届いてほしいなという思いが強くあります。サウンド面に関しては、もう本当に自分なりの王道、自分なりのストレートという感じで作っていて。今までもそういうマインドで作った曲が何曲かあったんですけど、その曲は全部林の作詞作曲で自分なりのストレートを描くのはこの曲が初めてで、また違った味の曲になったんじゃないかなと思ってます。
レコーディングで事件が勃発!?
──確かに、「Freeedom!」、「Now is the best!!!」といった曲は林さんによるものなんですね。それでいくと、5曲目の「囚人」。これもネガティブな部分を描いたもので、雪村さんの作品ですよね。
雪村 「囚人」は自分の過去の失敗や後悔について書いた曲ですね。その後悔を忘れないで、同じ失敗を二度としないようにと自分に言い聞かせるために書いた曲でもあります。ポジティブだけだと、絶対ウソじゃないですか。人間ってポジティブな瞬間もあれば、ネガティブな瞬間もあると思うので、そういうネガティブにフォーカスした曲もたくさん僕は書きたいなと思っていて、その一曲がこの「囚人」です。
──ただ、曲調に関しては、「暗い曲」というわけではないですよね。
雪村 僕は「激しい曲」だなと思っていて。過去の自分に対する嫌悪とか怒りみたいな部分を表現した結果、激しい感じのサウンドになったんじゃないかなと思ってるのと、あとジャンル的なところで言うと、ちょっとボカロチックな部分があったりとかしてて。僕たちはちょうどボカロが流行ってた時に中学生とかで、世代だったので、ボカロもかっこいいな、好きだなと思ってて。「ロックバンド然とした」みたいな話をさっきからずっと言ってるんですけど、ロックって自分にとって何かっていうと、自分がかっこいいと思ったものがロックだと思ってるので、ボカロもその一つとして見落とせないなと思ってて。そういうサウンドも「自分たちなりのロック」みたいなところもあります。
──もっと上の世代から見ると、「ボカロはロックじゃないだろ」と反射的に思われそうですけど、カッコいいと思えば取り込んでいくという感じなんですね。
雪村 そうですね。世間から見たロックがどうとかというのは関係なくて、自分たちがロックだと思ったもの、いいと思ったものをロックとしてやっていくというのが、一貫してあります。
──そういうことですよね。そして、先ほども話に出た8曲目の「Freeedom!」や15曲目の「Now is the best!!!」といった曲は、林さんが作られていて、現状ではそれが「トンボコープらしさ」だというイメージがあると。林さんご本人は、曲を作っていてどうなんですか?
林 「Now is the best!!!」はけっこう初期の方に作ったんですけど、逆に「Freeedom!」とかは最近の曲なんですね。ライブが楽しいということがすごく重要だなと思っているので、「Freeedom!」は特に、フェスとかで聴いてほしい曲だなと思っています。このアルバムを作ったことによって、まずは耳で聴くわけですけど、それを通して「ライブを見てみたいな」と思ってほしいというのが、「Freeedom!」や「Now is the best!!!」とかにも共通して思うことですね。
──11曲目の「地獄でいいから」も林さんの曲ですね。こちらはピアノやクラップ、コーラスが入っていて、ストレートなロックとはまた少し違う作りになっていますよね。
林 この曲に関して注目してほしいのは、どちらかというと歌詞のリリシズムの部分ですね。歌詞がすごく長いですし、タイトルもけっこう象徴的というか。「地獄でいい」って言ってるのはどういうことなんだろう?というのが面白いところで。これはこのアルバム全体を通しての考え方でもあるんですけど、何か悲しいことがあった時に、「いや大丈夫だよ」って言ってあげるのもいいし「そうだよね。俺もそう思うよ」みたいな言い方もあるし、寄り添い方もいろいろあるなというところなんですね。「地獄でいいから」っていうのは「君がそうなら俺もそうだよ」みたいな、同調する気持ちと、ラブソングを混ぜ合わせたみたいな楽曲になってます。
──音の面に関してはいかがですか?
林 これはけっこう音色が少ないというか、ピアノがメインになっていて、ほぼリードギターもなくて。いい感じの適当さというか。僕の曲のモットーとして、「気持ちをできるだけ込めてレコーディングをする」というのがあって、あんまりテイク数を重ねたくないんです。多少ミスってもいいので、少ないテイクで撮りたいというのもあったので、レコーディング自体はパパパパパって録っちゃいましたね。しかもバッキングも僕が弾いて録っちゃいました。
──あ、そうなんですね。
林 そもそも、そこに至るまでの前日談みたいなものがあったんですよ。「レインコート」という曲のレコーディングを前日ぐらいにしたんですけど……(雪村に)どんな感じだったっけ?
雪村 「レインコート」は僕の曲なんですけど、前日にそのドラムを録る時に、彼がフレーズをちゃんと覚えてこなかったんですよ。それで叩けなくて、彼はイライラし始めて。でも、僕はその場でさらにイライラさせたらいいドラムが録れないなと思ったので、自分の怒りをメチャメチャ抑えて、すごく丁寧にディレクションして、ドラムを録り終えたんです。それでレコーディングが終わったからもう関係ねえと思って、次の日が「地獄でいいから」の楽器のレコーディングだったんですけど、「コイツが自分から謝ってくるまでは、俺は一生口きかないし、コイツの曲には手を貸すこともしない」と決めて。そしたら次の日、一回も謝ってこなかったので、僕は参加しなくて。
──だから「地獄でいいから」のバッキングを一人でやることになったと(笑)。
林 そういうことですね。自分で弾かざるを得なかったという……。
──しかも今、「どうだったっけ?」って言ってましたよね?(笑)
林 いやいや、全然忘れてたわけではないです。みんなでより鮮明に話した方がいいかなっていうことで(笑)。もちろん反省はしてます!
──そうですか(笑)。
林 僕が悪いに決まってるので。
雪村 一応、そのわだかまりが解けた後に「地獄でいいから」のボーカル・レコーディングがあって。そこでは普通に、ちゃんとこの曲にも気持ちを込めましたし、コーラスとかも僕が考えて作ったので、最終的にはみんなで作ったいい曲になったんじゃないかなと思います。
──その過程は、そらサンダーさんとでかそさんは見ていたんですか?
でかそ 僕はもう本当に耐えきれなくて、レコーディングブースを出て一人で外にいたので、一番ピリついてる時は本当に蚊帳の外でしたね。(そらに)中にいましたよね?
そら 僕はその場でやりとりを聞いてたんですけど、こうやってバンドは解散していくのか……って、気持ちになりました(笑)。
でかそ でも本当に、数日間一言も口きかないみたいな感じだったので、「おお……」と。
──分裂の危機だったんですね。
そら 間違いなくコイツ(林)が悪かったので「早く謝ってくれ」と、あの場にいたみんなが思ってましたね。
雪村 解散するつもりはなかったんですよ。一生口きかないで、一緒にやっていこうと思ってました。
──うわー、もっとキツいじゃないですか(笑)。
でかそ 全然、地獄でよくないですけどね……。
──ボソッとキツいこと言いましたね(笑)。でも、この話が笑って話せるようになったのはいいことですよね。
雪村 そうですね、1ヵ月前ぐらいの話ですけどね。
──その件があって、バンドに対する携わり方とか、気持ちとかは変わりましたか?
林 いや、別に(笑)。まあ何というか、その時はやっぱりアルバム制作ということで必死だったんですよね、みんなが。それで、いろんなものが見えなくなってたんじゃないですか、僕も含めて。まあその件に関しては、どっちが悪いとか白黒がつかないものではないというか、明白なものなので、変えるとかは特にないですけど。「ちゃんとやる」っていうだけで。
──なるほど。でもこんな話を、それこそホヤホヤの時期に当事者から聞くことって、なかなかないですからね。
雪村 僕は、ことが起きた瞬間から、絶対アルバムのインタビューで言いまくってやろうと思ってました。
目標はドームを埋めるバンドになること。今回のツアーはそのための第一歩!
──そうですか(笑)。もう1曲お聞きしたいのが、最後の19曲目、「始まりの合図」。いつも思うんですが、アルバムの締め方ってすごくアーティストの好みとか、いろんな考えが出るなと思っていて。このアルバムをこの曲で締めようというのは、どういう意図だったんですか?
林 これも僕の曲なんですけど、このアルバムで物語が完結しませんということを伝えたくて。この19曲を経て物語が始まっていくんだっていう意味を込めて、「始まりの合図」をあえて一番最後の曲に持ってきました。
──終わりらしい終わりにしたくなかった?
林 そうですね。ここから全てが始まるんだという意味をすごく強く込めたくて。だから早い段階で、最後は「始まりの合図」にしようというのは決めてましたね。
──そらサンダーさんとでかそさんは、このアルバムの中での「推し曲」と、自分のプレイでの聴きどころはどういうところですか?
そら 僕の推し曲は「鼾」ですね。これもかなり前からあった曲で、僕がその当時からずっと激推ししてた曲なので、リリースすると決まった時には嬉しかったですね。そんな曲の中で自我を出したいなと思って、ソロの部分でちょっとジャズっぽくアレンジしてみたんですよ。それをりんに提案したら採用してくれて。好きな曲で自我を出せるのはすごく光栄なことだと思うので、みんなに聴いてほしいですね。なので推し曲もこだわりのプレイも「鼾」です。
──普段はそんなに自我を出してないんですか?
そら 出すべきところで出せばいいかなと思ってて。例えば「地獄でいいから」とかはギタリストとしての自我は出さなくてもいいと思うんですよね。それがカッコいいギタリストだと思うので。今回のアルバムで自我を出したのは何曲かあって「鼾」もその一曲です。
でかそ デモが送られてきた時から「レインコート」がすごく好きで。何かしながら聴くとか、移動中に流すとかじゃなくて、今も「聴く時間」みたいなのを取って聴きますね。メチャクチャ好きな曲です。プレイの話でいうと、「地獄でいいから」で初めて音源でベースソロを録ったんですね。このアルバムの中でここのベースを聴け!という話だったら、間違いなくここかなと。
──奇しくも、その2曲がレコーディングで大変なことになったと。
でかそ そうですね(笑)。でも僕は、一番ピリついている時はその場にいなかったので。ドラムは録り終わっていて、ベースを録る時には特に影響も受けなかったですね。
──それはよかった(笑)。
でかそ 「レインコート」は初めてデモを聴いた時にすごくいいなと思ったので、りん君がデモで作った通りそのまま弾こうと思って、けっこう細かいニュアンスとかもそのままコピーして弾きました。
──林さんと雪村さんは、この曲については絶対話しておきたいという曲はありますか?
林 4曲目の「MUNSELL」という曲なんですが……これは、僕たちがもともと4月4日にワンマンライブを行う予定だったんですけど、それがなくなってしまって、その日に1日で作った曲なんです。すごくいろいろ思うことがあって、「今日作ることに意味があるな」と思って作りました。
雪村 僕は「レインコート」ですね。この曲は本当に、今まで書いた曲の中で自分が一番愛せている曲で、かなり前、もういつだか忘れちゃったんですけど、すごくイヤなこととか落ち込むことが連続してイライラしている時に、メモにその時の気持ちを書き殴ってたんですよ。詞にするとかは関係なく。で、そのメモをずっと放置してたんですけど、ある時それを見返したら、これは曲になるんじゃないかなと。そこから詞に書き直して、いろいろ整理して。だからすごく生々しい曲というか、自分の気持ちが、魂が動いてる、動き続けてる曲なんじゃないかなと思います。
──ありがとうございます。そして、9月から10月にかけてワンマンツアーが行われますね。このアルバムを中心にしたセットリストになると思いますが、どういうツアーにしたいですか?
林 新曲の割合が多いので、前回のツアーとは全然違うものにしたいっていうのが一番ですね。会場も大きくなるので、たぶんやれることもいろいろ増えるかなと思っていて。もちろん「トンボコープを見に来る」んですけど、何か新しいバンドを見に来る気分で来てくれたら面白いかなと思いますね。
──もちろん1stアルバムでもあるので、これで知って本当に新しいバンドとして見に来る人たちもけっこういるでしょうしね。
雪村 さっきも話したんですけど、「ドームを埋めるようなバンドになりたい」という目標があって、そこから逆算すると、一歩目のツアー、階段で言うと一段目のツアーだなと思ってて。なので来てくれるみんなには、トンボコープの“古参”になってほしいなと思ってます。「アレを見たんだ」って胸を張って言えるようなライブにしたいなと思ってて。ここから輪を広げていってほしいですし、僕たちも僕たちで来てくれたみんなをどこまでも連れて行くんだぞっていう約束をするためのツアーでもあるかなと思ってます。
──分かりました。ありがとうございました!
撮影 長谷英史
ライター
高崎計三
1970年2月20日、福岡県生まれ。ベースボール・マガジン社、まんだらけを経て2002年より有限会社ソリタリオ代表。編集&ライター。仕事も音楽の趣味も雑食。著書に『蹴りたがる女子』『プロレス そのとき、時代が動いた』(ともに実業之日本社)。