新型コロナウイルスの感染拡大により、様々なスクールやレッスンも影響を受けました。エイベックスが展開するダンススクールも例外ではなく、レッスンをお休みにせざるを得ない状況が続きました。そんな中、動画解析の技術を使ってダンスのスキルチェックができる「Dance COMMUNE」というアプリが活用されています。レッスン生向けのこのアプリと、アプリ一つでダンス検定の受検を可能にした「エイベックス・ストリートダンス検定 powered by Dance COMMUNE」を通じて、自宅でのダンス練習や検定受検がとても手軽になっているのです。このプロジェクトについて、事業立ち上げを行った星野拡さん、システム開発を担当する北島正識さん、そして企画や営業に関わる吉田藍さんのお三方に、これらのアプリの利点、そしてこれからの展開についてお話をお聞きしました。
ダンスの「うまさ」を判断するため100人ものインストラクターに聞き取り
──まずは「Dance COMMUNE」というアプリ開発の背景から教えていただけますか?
星野 きっかけにはスポーツの存在がありました。スポーツは競技者の育成や適切なトレーニングの選択にデータサイエンスやテクノロジーを取り入れてどんどん進化しています。それをエンタメに置き換えたときに、ダンスや歌はまだ着手できていないことが多いなと感じていました。その中で、育成現場の課題をヒアリングしたり、市場調査を行った結果として、まずはダンスにフォーカスを当ててプロジェクトを進めていくことになりました。
──このアプリではダンスの動きを解析してスキル判定ができるということですが、開発にあたって大変だった部分は?
星野 全体にメチャクチャ大変です(笑)。「動画解析で人の動きを捉えて、ダンススキルを評価して、スコア化する」と言うと、簡単そうというか、「今時だったらあり得るよね」と思われそうですが、実際は「ダンスを評価する」のはすごく難しいんですね。当たり前ですが。どういった動きの特徴を見ればダンスの「うまさ」、つまりスキルを評価できるかということについては、精度を高めるための試行錯誤を現在進行形で行っています。
北島 大まかなシステムからご説明すると、まずアプリでダンス動画を撮影してサーバー上にアップロードします。そこで「Vision Pose」という姿勢解析ソフトのAI骨格検出システムによって、人が踊っている動作の中での肩の位置、ヒザや頭の位置などがどのように動いたかの座標を抜き出します。ただそれだけでは、人がどう動いたかを座標データにしただけなので、そこからが難しいところでもあり、我々独自の技術にもなります。
星野 例えば「ランニングマン」というステップの、一拍目のヒザの位置がどのあたりにないといけないとか、そういった観点を決めてやっているということです。例えば「100点満点の動き」があって、「それとどれぐらい違うかで点数を出しているんですか?」みたいなご質問もよくいただくんですが、そういうことではないんですね。先ほどの「ランニングマン」の例で言うと、このタイミングでヒザやヒジがどういう位置にないといけないのかというのを、仮説・検証を繰り返しながらずっと試してきたというのが、今までのアプローチなんです。
そのためには、これまでインストラクターの人たちがどういった視点で「この子はうまい」「この子はまだまだスキルアップが
必要だ」と判定をしてきたのか知らなければなりません。そのために、インストラクターの方たちにたくさんインタビューをして、そこから「この観点を捉えれば正しく評価できるんじゃないか」という仮説を立てて、また検証という繰り返しをしてきました。インタビューをさせてもらったり、関わってもらったインストラクターさんは、おそらく100人は超えていると思います。
──「ダンスのスコア化」と聞いて、例えばカラオケの採点を思い浮かべた方もいるかと思います。あれは本来の音程と合っているか、ズレているかということが評価対象だと思うんですが、ああいうものともまた違うということでしょうか。
北島 そうですね。カラオケの場合は音程という「正解」を決める基準があって、そことのズレが点数につながってくると思うんですが、Dance COMMUNEでは「正解」となる体の位置や動きを我々が定義することから始めていて、それが基準になるということです。ダンスというのはある種、「正解」がないもので、そこがまた難しいところなんですね。そのために、多くのインストラクターさんたちなど、ダンスを評価してきた人たちのインタビューをさせてもらったり、弊社のアカデミーで培ってきた指導ノウハウを最大限に活用しています。
星野 もう一つ言うと、弊社ではもともとダンス検定を行っていまして、そのために「正しい動きはこういうもの」という定義づけがあったというのは非常に大きかったですね。そういった仕組み化されたノウハウを、テクノロジーを使ってコンテンツ化したのが事業のポイントだと考えています。
──では、デジタルになって急に基準ができたというわけではないと。
星野 はい。姿勢解析の部分ではAIが重要な役割を担っていますが、機械学習的なアプローチのみで点数を出しているということではなくて、そういった意味ではavexが長年培ってきたノウハウなしには実現できなかったものですし、他社が簡単に真似をできるものじゃないと思います。
──実際にアプリという形になってみて、インストラクターの皆さんの反応はいかがでしょうか?
吉田 目新しさがあるので、「こんな時代になったのか」という驚きとともに、興味を持っていただいたというのはあります。ただ、「我々のダンスを機械的に判断されたくない」という否定的な声もいただいたのは事実です。
星野 当然ですが、ダンスにおける「表現」の部分はとても重要な要素です。ダンスが人を感動させたり、魅了するのは、まさにエンターテインメントの本質の部分であって、現状わたしたちはそこまで踏み込んではなく、フィギュアスケートで言えば「技術点」の部分のみを評価しています。そこに誤解が生じて、そういう反応になったんだと思います。ただそれは、しっかり時間を掛けて対話していくことで、「あくまで基準化されたスキルの評価なんだ」と理解が進んでいると実感しています。
──受講生の側でのアプリ効果はいかがでしょうか?
北島 ダンスのスキルアップに積極的な受講生やその親御さんからは、「練習のきっかけにもなるし、すごくいいサービス」だと評価していただいています。スマホで撮影してスキル評価を数値化できるサービスというのは他にないですし、真新しさも含めて好評価を頂けていると思っています。
海外やコンシューマー向けにも広がっていく可能性
──アプリという形になったことで見えてきた新たな展開というのもあるのでしょうか?
星野 海外進出がそれにあたると思います。ダンスは非言語なものなので、弊社のノウハウを海外に持っていきたいというのは以前からあったんですね。今は特に中国でダンスがすごく盛り上がってきていて、市場もすごく大きくなっている。アプリをその市場に持っていきたいというのはあります。私自身も何度か中国に行ってスクール事業者の方とも話をさせて貰ったのですが、一つポイントになっているのは、教える側、つまつインストラクター不足なんです。「ダンスをやってみたい」「教わりたい」という人は増えているんですが、それをキチンと教えられる人は足りていなくて。そこで弊社のノウハウやカリキュラムが、現地の事業者さんに非常に魅力的に映っているというのはあります。そこに需要があるので、適切に展開してビジネスにしていきたいと考えています。
──こういったアプリというのは、世界的にもなかったものなんでしょうか?
北島 キッチリ調べたわけではないのでハッキリしたことは言えないんですが、少なくとも国内には僕らが知る限りないですね。我々と同じアプローチでダンスを定量評価するアプリを展開しているところはないはずです。
──このSTAY HOME期間で特に盛り上がっている印象もありますが、一般の方々でもこの時期に運動不足解消も兼ねてダンスに挑戦してみたり、「うまく踊れるようになってみたい」という方は増えているように思います。そうした層への展開というのは考えられていますか?
星野 コンシューマー向けの展開というのも、もちろん考えてはいます。ただ、今はまだ直接コンシューマーに向けてという段階ではないと思っていて。一つ構想としてあるのは、「正しく踊れているか」というアプローチではないものなんですね。
──というと、現状の方向性とは全く異なるように聞こえますが。
星野 はい。ダンスに関して、よく「キレがいいよね」とか「グルーブ感がある」「ダイナミックだよね」といった表現を使うと思うんですが、じゃあ「キレ」って何だろうと。おそらくその基準って、言う人それぞれの感覚によって違うと思うんです。この「キレ点」の基準化を動画解析やアルゴリズムよって行うアプローチもいま同時に進めています。そんなことが実現出来れば、コンシューマー向けに気軽に踊ったダンスを「キレ点」「グルーブ点」といった評価でゲーム的に点数化するアプリサービスが展開できるんじゃないかなと。プロジェクト開始当初から構想には入っていました。
吉田 現状でも「ダンス検定」のアプリは、スクール生だけでなく、ID登録していただければどなたでもご利用いただけるようになっています。
☆実際に吉田さんにアプリを使って受検してもらいました。
▽ 人物が枠の中に収まる位置に合わせてダンス動画を撮影
▽ 撮影した動画を選んで送信。
星野 基礎運動能力の中でリズム感というものがすごく大切な要素であることは、近年多くの人たちが指摘しています。そういった意味で「ダンス」を通じてリズム感を養い、基礎運動能力を伸ばしていくことが、あらゆる運動の基礎になって成長力につながると思っています。だから「ダンサーになりたい」という人以外にもこのアプリを届けたいと思っています。
──ダンスの基礎が、あらゆる運動に通じていくと。
星野 これはちょっと脱線になってしまうかもしれませんが、サッカーのドリブルでもリズムがとても重要だと聞いたことがあります。南米系の選手は、サンバのリズムのように、体を動かすビートが染みついている。だから、驚くような変幻自在のドリブルが出来るんだと。あくまで一つの例えですが、そのように8ビートや16ビートだったり、正しい拍に合わせて体を動かす基礎的な力というのは、違うスポーツにも生かせると思っています。
オンラインとオフラインを組み合わせた「新しい価値」の提供を目指す
──先ほども少し出た「ダンス検定」に関してですが、アプリになることで手軽に受けられるようになる、ハードルが下がるというメリットはまず想像できます。その他にも受検者の利点というのはありますか?
吉田 特に遠方の方にとっては、これまでは検定を受けるたびに移動する必要があったんですが、級によってはお家で手軽に動画を撮るだけで、受検ができて結果とフィードバックもアプリで受け取れるようになったというのは大きなメリットになっていると思います。また、アプリ受検になったことで、自分で何度も踊って撮り直して……という作業をしているうちに、自分自身のダンスを必然的に何度も見直すようになるんですね。そうやって客観的に自分のダンスを見直す経験は、「表現をするダンサーにとってすごく重要なことだ」ということをあるインストラクターの方に言ってもらえて、そういった視点を提供出来たことは、私たちも想定していなかったメリットでした。
星野 単純に「便利」とか「点数が出てうれしい」というだけではなく、そこはユーザーの体験自体が変わったことで生まれた価値でもあるのかなと思いますね。
吉田 それから、コミュニケーションがより多く生まれているというのもあります。自分で撮ってアプリ内で提出して検定を受けて、アプリ上にフィードバックが戻ってくるんですが、それをスクリーンショットで撮って「先生、受かったよ!」と送ったりとか、動画を送って「落ちちゃったんですけど、どこが悪かったですか?」と質問したり。そういったコミュニケーションが発生しているのも、サービス上で動画が残っているからこその結果なのかなと思っています。
星野 今までは見るのは審査する人だけで、受検者があとで受検映像を見返したりはできなかったので。そういうところは、狙い通りでもあるし、体験を変えられたという部分では大きなところでもあるなと思っています。
──今後の展開について教えてください。
星野 スクールを運営するチームと一緒にいま議論をしているのは、「オフラインとオンラインの垣根を越えたサービスの提供」が今後さらに重要になってくるということです。その一部が、わたしたちの展開しているアプリになります。
例えばスタジオレッスンに通っていて、そこで教わった振り付けを家でも見直せる機能だったり、動画で先生にアドバイスを求められるようになったり。これまではスクールで行うスタジオレッスンに通うために月謝をいただくというのがスクールビジネスのスタンダードだったと思いますがアプリの活用などオンライン指導も含めたサービス全体で「生徒の成長」という価値の提供を目指していく。そういったスクール事業全体の改革を進めるための議論をしているところです。
──ではこれから、そうした展開がメインになってくると。
星野 そうですね。エイベックスのスクールに通ってくれている生徒さんたちの成長をサポートするツールとしての機能拡充も進めていますし、「エイベックスのスクールに通えばアプリを使ったオンライン指導が当たり前についてくる」という状況を目指しています。またより多くのダンスユーサーの皆さんに「エイベックス・ストリートダンス検定」のアプリをダウンロードしていただければと思います。初心者向けの「6級」は受検も無料になっているので、まずは試していただきたいですね。
Dance COMMUNE
オフィシャルサイト:https://dancecommune.com/
「エイベックス・ストリートダンス検定 powered by Dance COMMUNE」
7月度検定 申込受付中!
申込み期間:6月1日~6月30日
詳細:https://aaa.avex.jp/streetdance_exam/
ライター
高崎計三
1970年2月20日、福岡県生まれ。ベースボール・マガジン社、まんだらけを経て2002年より有限会社ソリタリオ代表。編集&ライター。仕事も音楽の趣味も雑食。著書に『蹴りたがる女子』『プロレス そのとき、時代が動いた』(ともに実業之日本社)。