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【根附海龍】めざせ!パリオリンピック!! いつも通りやることができれば結果もついてくる

2024.04.25
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切れ味鋭いヒール系トリックと金髪をトレードマークに注目を集めている、スケートボードの根附海龍選手。スケートボードが初めて正式種目となった東京オリンピックには惜しくも出場できませんでしたが、その後、2023年に日本初開催された世界選手権で準優勝の快挙を成し遂げ、いよいよ今年のパリオリンピックへの出場が期待されています。そんな根附選手に、現状のこと、スケートボードを始めた頃のこと、そしてオリンピックのことなどについてお聞きしました!
 

7歳で出会ったスケートボードの楽しさにハマる!
 

 
──次の大会に向けて、今は期間が空いていますが、どのような日々を過ごしていますか?
 
根附 はい、今は5月の上海での大会へ向けて、出していきたい技を練習しています。
 
──ドバイの大会で優勝して終わって、そこからの手応えは変わってきましたか?
 
根附 やっぱり、優勝できたことは自分の中でも大きかったです。自分も、やることをやれば優勝できるという実力があるんだと、自信にはなりました。

 
──これまでは、優勝がなかなか遠かった中、どうすれば勝てるかというようなところで、根附選手ご自身で感じたところはありましたか。

 
根附 そうですね、「ラン」の作り方を変えたことが一番大きかったです。あとは、人の点数を見ないで、自分のやるべきことをやればそれでいいと思ってやる。それをやり始めたら、変に緊張とかもせずに自分の滑りができるようになったって感じですね。

 
──パリオリンピックに向けて、5月の上海、6月のブダペストと、あと2つ大きな大会が控えていますが、そこに向けて、どんな思いで残りの期間を過ごしていかれますか?
 
根附 やっぱり、しっかりと自分の滑りができるように、日々、得意な技から苦手な技までちゃんと練習していていくことを心がけて過ごしたいと思っています。
 
──そもそも、スケートボードを始められたきっかけは何だったのでしょうか?
 
根附 7歳の頃ですかね。おじさんがスケボを持って遊びに来ていて、そこから自分も座って遊び始めたのがきっかけです。
 
──そうなんですね。周りにスケートボードで遊んでいる友達などはいたのでしょうか?
 
根附 あまりいなかったですね。

 
──根附選手の中で、スケートボードのどんなところが一番楽しいなと感じましたか?
 
根附 静岡県藤枝市のスケートパークに初めて行った時に、年上の人たちがカッコよく滑ってるのとか見て、自分もこういう風になりたいな、と思いました。怖さもあったのですが、それよりやっぱりいろんな技をできるようになると楽しいだろうなと。
 
──根附選手がスケートボードを始められた当時は、もちろんまだオリンピック競技としても決まっていなかった中でしたよね。

 
根附 はい、先がどうみたいなことは考えず、本当に楽しむことに夢中でした。その時に楽しいこととして一番ハマりました。
 
──これまでのスケートボード競技人生の中で、成長できたなと思える場面はいつでしょうか?
 
根附 中学校2年生の頃ですかね。中2でプロになったんですけど、その頃には、中部地区大会とかでだんだん表彰台とか決勝にも行けるようになっていって、その年にプロになれて。試合で勝てるようになってきたのはそこからです。
 
──根附選手ご自身で、本当にスケボーを本格的に頑張って上を目指していこうかなと思えるきっかけがあったのですか?

 
根附 そうですね、やっぱりプロになったことは1つの大きなきっかけです。
 
──これまでスケートボードに取り組んできて、特にこだわってきたことはありますか?
 
根附 ヒール系のトリックはずっとやっていましたし、人と被らないことをやっています。
 
──ヒール系のトリックは、根附選手が得意にされていると思いますが、その理由はありますか?
 
根附 自分のお父さんもスケートボードをやっていて。それでお父さんがヒールなら回せるとなり、そこからですね。
 
──ヒール系トリックの魅力はどんなところだと思いますか?
 
根附 一番は、他の選手がやっていないということですね。自分にしかないものができる。これをやっていけば、勝負できるかなと。スケートボードって、そういうことが大事だと思うんです。

 
 
悔しかった東京オリンピック。だからこそパリに向けて燃える!
 
 

──オリンピックを目指そうと思えたきっかけは何だったのでしょうか?
 
根附 選考会があって、そこで3位に入って強化選手になったのですが、2回目の選考会の時に自分が足首をケガしてしまったんです。1回目の選考会で3位になれた時は、「オリンピックを目指そうかな」と思ったんですけど、2回目でけっこう大事な時にケガしちゃったので、東京は諦めることになって。
 
──そこはやはり、ご自身の中でもかなり悔しい思い出ですよね?
 
根附 そうですね、やっぱりそこで強化選手だった人たちも出場が決まっていたので、自分としてはかなり悔しかったですね。

 
──東京オリンピックにはお友達の青木勇貴斗選手も出場していましたが、見ていてどんな気持ちでしたか?
 
根附 いつもだったらいっぱいトリックを決めまくる勇貴斗がすごく緊張していたので、「オリンピックって、どんな場所なんだろう?」と、不思議な感覚でした。
 
──東京オリンピックが終わった後に、青木選手から何か話を聞いたりはしましたか?

 
根附 やっぱり「すごく緊張した」と言っていましたね。
 
──東京オリンピックでは、堀米雄斗選手の金メダルが印象的でしたが、堀米選手の活躍はご自身の中でどのように見ていましたか?

 
根附 スケートボードをやっていない人、普段から見ていない方々もみんな見ていたなと思ったので、やっぱりオリンピックはすごく注目されている大会なんだなと思って見ていました。
 
──ご自身の中で、今までこの厳しい予選を戦っていますが、オリンピックという大会の位置付けはどのようなものでしょうか?
 
根附 オリンピックは本当に大きい大会なんですけど、いつも通りやることができれば結果もついてくるというか、いつも通り自分の滑りをできればいいかなと思っています。「オリンピックだから」とか、そういう考えはせず、いつも通りの感じでいけばいいかなと。

 
──今回のオリンピック予選、もう2022年から始まっていますが、根附選手は成績としてはぐんと上がってきたような感じだと思います。ご自身の中で手応えとか、認められてきたなという手応えなどはありますか?
 
根附 そうですね。やっぱり急に成績も良くなったし、自分のベストトリックも点数が出るので、そこは自信になりましたね。ランの作り方を自分で変えて、ヒールだけに頼らず、色んなバリエーションの技をやることにしたことも大きいですね。


──いつ頃からバリエーションを増やしていくようになったのでしょうか?
 
根附 いろんな世界の大会の決勝とかを見るようになってから、ローマ大会やドバイ大会の決勝に行っている人たちが、やっぱりいろんな技をやっていたので、自分もそこを変えるようにしました。
 
──その中で、去年の世界選手権では2位になられましたが、この大会はご自身の中でまた手応えというか自信を掴むきっかけになりましたか?

 
根附 はい。初の表彰台でしたし、自分のやりたい技も、全部ではないですけどできたので、そこでもまた自信がつきました。認められてきてるなっていうような感じというか。
 
──ランが得意な中で、ベストトリックに関しても、ご自身の中でかなり点数が出るようになってきているなと感じていたそうですが、そこに関しての手応えはいかがですか?
 
根附 そうですね。でもやっぱり白井選手や堀米選手が100パーセントの技を出してくるとなると、自分も100パーセント出したとしても勝てるとは思ってないので、そこがやっぱり課題かなと。やっぱり、1つレベルが上だなと感じるところはあります。
 
──これから迎えるパリオリンピック予選、最後の2大会に向けての心境はいかがでしょうか?

 
根附 やっぱり点数の大きさとか考えてしまうと、ちょっと緊張しちゃったり、プレッシャーもかかったりするので、もうあんまり考えず、自分の滑りができたらベストかなと思っています。
 
──前回と違って今回はオリンピック出場の最終まで勝負にいける状況にあります。そこで、自分の中での成長や変化を感じることはありますか。

 
根附 そうですね。前より自信もつきましたし、技も決めれば90点台が出るから。落ち着いてやるということだけですね。

 
──将来的な目標や夢はありますか?
 
根附 大きな目標は世界のプロになることです。やっぱり、自分が今サポートいただいているメーカーから、自分の名前が入ったモデルを出すことが目標です。
 
──パリオリンピックにはまだ出場は決まっていませんが、こういう大会にしたいなと今考えていることはありますか?


根附 スケーター以外の人にもたくさん見ていただけると思いますので、スケートボードの楽しさや面白さを伝えればいいかなと思います。
 
 


オリンピック予選シリーズ 上海 5月16~19日

オリンピック予選シリーズ ブダペスト 6月20~23日


【根附海龍オフィシャルサイト】
https://avex-management.jp/artists/athlete/netsukekairi
 
【根附海龍 Instagram】
https://www.instagram.com/kairi.netsuke/


 
高崎計三
WRITTEN BY高崎計三
1970年2月20日、福岡県生まれ。ベースボール・マガジン社、まんだらけを経て2002年より有限会社ソリタリオ代表。編集&ライター。仕事も音楽の趣味も雑食。著書に『蹴りたがる女子』『プロレス そのとき、時代が動いた』(ともに実業之日本社)。

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