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【おしえて えらいひと2】 当時のマネージャー2名が語る“globe”との「あの日々」

30代、40代の方は強く憶えているだろう。いまも冬になると流れるあのCMでタイアップされた「冬の名曲」たちを。
 
ちょうど20年前の冬を彩った名曲は、“globe”の「DEPARTURES」だった。
そして、「DEPARTURES」を収めたアルバム『globe』は400万枚をも超える大ヒットを記録した。
 
その20年後である先週12/16(水)globe20周年プロダクト第2弾『#globe20th -SPECIAL COVER BEST-』が発売された。



TRF、hitomi、浜崎あゆみ、倖田來未、AAA、Da-iCE、lolといったエイベックスのアーティストも参加する中、「DEPARTURES」は男性アーティストであるHYDEがカバーしたことでも話題となっている。
 
 
いまも色褪せず、進化をもする名曲はどうやって生まれたのか。
今回は「本コラムだからこそ可能な」キャスティングでインタビューを行った。
 
インタビューにお応えいただくのは、こちらのお二方。



左)エイベックス・マネジメント株式会社( http://avex-management.jp/
  代表取締役社長 伊東 宏晃
右)エイベックス・ヴァンガード株式会社( http://www.avex-vanguard.co.jp/
  代表取締役社長 阿久津 明
 
現在、エイベックスの中ではとても重要な役割を担ってるお二方だが、
実は“globe”のデビューした1995年前後に“globeを担当するマネージャー”として活躍されていたのだ。
 
 
超一流アーティスト担当とはいえ、いち現場マネージャーから社長となったお二方。やはり、小室さんから多くのことを学んで今があるのだろう。
さっそくインタビューをしてみた。


小室さんをスタジオへ車で連れて行ったら、マネージャーになっていた!??

-早速ですが、まずは当時の役職というか担当を教えて下さい。
 
阿久津社長)えー。たしか、なかったよ(笑)伊東さん、あった!?
 
伊東社長)いやー。僕もなかったはずだよ(笑)
 
 
-え、そんなことってあるんですか!? 名刺にはどう書いてあったのでしょうか。
 
伊東)会社名と名前、連絡先だけだったかな。
 
阿久津)僕なんて最初はバイトだったからね(笑)



-バイトでアーティストのマネージャーになったんですか。
 
阿久津)やってたんだよね(笑)もともと千葉副社長(エイベックス・グループ・ホールディングス株式会社 代表取締役副社長CSO 千葉龍平)と知り合いだったんです。
ある日、転職の相談をしたら「ウチに来るか?」って誘われてね。
 
で、行ったらやること決まってなくて(笑)
そしたら、千葉副社長が「小室さんがやるユニットの女性メンバーをマネージメントするから、お前が担当しろ」って言われて…。そのメンバーというのが、KEIKOです。
 
という感じで、未経験でバイトでマネージャーになりました(笑)
 
 
-伊東社長はどのように“globe”と関わっていったのでしょうか。
 
伊東)僕はマネージャーになる前は営業・宣伝担当でtrfのイベントや小室さんのドキュメント番組の制作などを担当してたんですね。マネージャー業とは全く無縁で。ちなみに、KEIKOを発掘したオーディションには私も運営にスタッフで参加していました。
 
ある緊急事態が起きていた1996年2月末日。
3月に発売する予定の1stアルバムのレコーディングが全く進んでいないということで、松浦社長から小室さんを都内から軽井沢のスタジオに連れていって欲しいという指令がありましてね、運転手ということで。

(そのスタジオ収録の様子は小室さんのインタビューもどうぞ  http://avexnet.jp/column_detail.php?id=1000055

無事に送り届けまして、スタジオに着いた小室さんがスタッフ全員と食事してる時に「今日、僕のマネージャーが決まりました。」「伊東です。」と言われまして…。
 
-マジですか(笑)
 
伊東)千葉副社長にその場で電話をかけて「いま目の前で小室さんに、伊東が今日からマネージャーだ」とか言われたんですと伝えたら、千葉副社長が「じゃあ、そうじゃないのっ」ガチャンって…。



一同)大爆笑
 
伊東)あの1stアルバム『globe』の合宿レコーディングは映画作れるぐらい、色々あったよ。言えないけど…(笑)
 
 
-阿久津社長はどんな仕事から始まったのでしょうか。
 
阿久津)僕はタイアップが取れた4thシングル「DEPARTURES」のサビ30秒のレコーディングです。そのためにロサンゼルスに行きました。これも凄まじかった。
 
小室さんは「僕がグループに入っていると他のプロデュースしているアーティストやスタッフが待遇とか色々気にするから、globeのマネージャーやスタッフは他よりも厳しくする」と指導され、コーディネーターとか付けてくれないんですよ(笑)
僕は初めてのロサンゼルスで道も分からず、当時はカーナビもないので、地図をハンドルの上に置き、言葉も通じない中でホテルを見つけたり、スタジオに連れて行ったりね。
 
-当時の小室さんはロサンゼルスに住んでいたのですか。
 
阿久津)その当時はホテル住まいだったね。でもさ、アーティストとスタッフ全員のホテルを取るとそれだけでも楽曲の制作費が膨大になるから、レコード会社としては厳しいってことになってたね。
 
それと同時に小室さんがバカでかい別荘を買って住み始めたんだ。


何度も辞めようと思った。レコーディングした新曲に感動して戻る!!

-お二人とも、そこからずっとロサンゼルスだったということですよね。
 
伊東)僕は、1stアルバムの『globe』のレコーディングで御役御免だと思ってたんです。で、会社に行ったらA&Rの方からパスポートとチケット渡されて「小室さんがロサンゼルスに住むから、宜しくね。」って…。
 
そこから数年間、僕らは小室さんの自宅の屋根裏を借りて住み込みです。
 
阿久津)あの時、僕たちは何の仕事してたんでしょうね…。
 
伊東)炊事、洗濯、掃除、洗車、買い出し、愛犬の散歩、なんでもやりましたよね。



-マネージャーというか「ヘルパー」のような…。
 
伊東)いや、まったくそうでしたね…。
 
阿久津)これが何のための役に立つんだろうって思った。
 
伊東)シングル「Is this love」のプロモーションビデオ分かりますか。アリゾナで撮影した。
 
-大砂漠での撮影でしたよね。
 
伊東)そうそう。あの時は本当にキツくてさ…。
 
阿久津)あの時の小室さんには、振り回されたよね(笑)撮影当日に置き手紙があって「今日の撮影はこの曲に変える」と…。
 
一同)えー!!
 
伊東)そもそも、別の楽曲で撮影を想定してロケハンしてカメラ割りしてもらっているのに、当時は音楽データを送れるわけじゃないから着いたときに伝えられるわけですよ。
「楽曲変わりました」って…。
監督は唖然としちゃってね。



阿久津)泊まっているホテルも小さく、砂漠のど真ん中だったから何もなくてさ。小室さんから「冷蔵庫と電子レンジを買ってきて」ってオーダーされたんだけど、どう地図を見ても売っている場所がない。
ヘリで行っても数時間かかるし、冷蔵庫を吊るして持ってくるしかない。
 
その時に初めて僕達は小室さんに「ムリです。」って言ったよ(笑)さすがに、小室さんも納得してくれた。
 
伊東)小室さんは常に「『I can’t.』とは言わないように」とスタッフに伝えていたんですよ。いい意味で。
 
阿久津)それに逆らったわけです(笑)
 
伊東)4大ドームツアーの最初の全体打合わせも、スタッフ全員を集めて「『I can’t.』とは言わないように」と伝えていましたね。
 
 
-特に心に残っている楽曲・CDはありますか。
 
阿久津)僕はあのキツいアリゾナの思い出もあって、シングル「Is this love」だね。
 
伊東)僕は2ndアルバム『FACES PLACES』ですねー。
 
阿久津)そうだよ。伊東さん、事故ったんだよね。
 
一同)えー。
 
伊東)その日は小室さんが1人でスタジオに向かってしまったんですよ。で、それが自宅から一番遠いスタジオだったもんですから、急いで追いかけるわけですよ。いまより若かったとはいえ、睡眠時間がゼロに近い状況で車で1人。
ものすごっく眠くってね。高速道路の中央分離帯に突っ込んじゃったんです。いや、あれ本気で死を覚悟しました…。
 
阿久津)あの時スタジオで事故の連絡を聞いたとき、スタジオ内ではそこまで大事と思わなかった。でもさ、2時間程たって、廃車になった車を載せたレッカー車と共に足を引きずりスタジオ入ってきたのを見てマジだったんだと…。
 
伊東)いや、あれは奇跡的にほぼ無傷。乗ってた車は廃車ですからね。
 
阿久津)その時だよね。初めて東京の偉い方から「ちゃんと寝て下さい」って指示を受けたのは(笑)
 
一同)爆笑
 
伊東)でもさ、スタジオにいて目の前で全く新しい曲が生まれていくのを見て本当に感動するんですよ。もちろん、それが必ず売れるわけ。うまく言葉にできないけど一番のモチベーションだったね。
 ヒット曲の生まれる感覚を学んだというかね。

小室さん、KEIKO、MARC、スタッフみんなで完成した曲を聞いた瞬間にそれまでの苦労とか、どうでも良くなったね。
 
 
-あの頃があるから、今に繋がるそう感じることはありますか。
 
阿久津)ロサンゼルスという土地で、何度も帰ろうと思った。怖い思いもいっぱいした。けれど、一緒に頑張っている伊東さんや周りのスタッフ。もちろん、KEIKOやMARCが一所懸命頑張ってるのに僕だけ逃げられないって思い直したんだ。
 
マネージャー経験も業界経験も全くなく、ただただひたすら我武者羅に小室さんと過ごしてきた怒涛の日々が自分の根底にあるので、何があってもそれに比べれば大したことないって思えてしまうんだよね。
 
 
伊東)本当にそう、毎晩辞めようと悩んでた。でも自分だけ逃げることはできないんです、チームだからね。
また、あの頃、普段会えない一流の人たちと仕事が出来たから、僕はスゴく勉強になった。そして、あの時に同じように一流の人たちに付いていた同年代アシスタントさんとは今でも繋がっていて、その人たちが今一流の仕事をしている。そんな人たちと関われたというのも大切なことだった。
 
部下にもよく言っているのですが、一番勉強できる場所は「売れてる人の現場にいること」だと思います。確かに現場のスタッフは本当に厳しくキツいんだけど、大切な多くのことを学ばせてくれますから。
 
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「当時のマネージャーが“globe”の20周年を振り返る」エイベックス公式ならではの企画が思わぬビジネス的な良いお話に。
 
恐らく、このコラムを読んでいる方の手元には『#globe20th -SPECIAL COVER BEST-』があり、その1曲1曲に携わるアーティストとスタッフ達の心を感じていることだろう。
 
え、2ndアルバムのことまでしかないですって!?
それはまた別の機会に…。
 
撮影・名鹿祥史
 
【globe Official Website】
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